インフルエンザ菌のβ- ラクタム系薬耐性機構
インフルエンザ菌のβ-ラクタム系薬耐性化は、菌の分裂に関わる隔壁合成酵素(penicillin-binding protein 3: PBP3)をコードするftsI 遺伝子上に生じた変異に起因する。
感受性の低下に影響を与える遺伝子上の主な変異箇所は3カ所あり、最も重要なのはi)385番目のセリンのスレオニンへの置換、ii)526番目のアスパラギンのリジンへの置換、そして iii)517番目のアルギニンのヒスチジンへの置換である。i)とii)、あるいはi)と iii)の置換を同時に有する株は、遺伝子学的みたgBLNAR(β-lactamse-nonproducing ampici-llin resistance)、それぞれのアミノ酸置換を単独に有する株はgLow-BLNARと呼ぶ。そのほかに、インフルエンザ菌ではβ-ラクタマーゼ産生株(gBLPAR: β-lactamse-producing ampicillin resistance)が知られている。近年注目されているのは、β-ラクタマーゼを産生し、さらにPBP3遺伝子変異も同時に持つ耐性菌である。この耐性菌はgBLPACR II (β-lactamase-producing amoxicillin/clavulanic acid resistance)と呼ばれる。
経年的耐性化状況
2000年以降の約10年間に、全国から「化膿性髄膜炎全国サーベイランス研究班」へ送付を受けた髄膜炎由来のインフルエンザ菌について、その耐性化状況を上述した遺伝子レベルで解析した成績を図1に示す。総計1,248株が解析されている。驚くべきことに、gBLNARは経年的に急速に増加し、2009年には60%を超えている。その他のgBLPACR IIのような耐性型の菌も含めるとその割合は90%に達し、真の感性菌は10%程度にすぎなくなっている。
図2には、それら髄膜炎例の年齢分布と耐性菌の内訳を示す。発症年齢は年々低年齢化しており、1歳未満が小児全体の38%、1歳が30%で、この両者で68%を占めている。分離菌株中に占める耐性菌の割合は、低年齢層でもgBLNARの分離率の高いことが特徴である。
注射用抗菌薬の薬剤感受性
gBLNARやgBLPACR IIに使用可能な注射用抗菌薬は限られてきている。菌株の受領時に記載されている使用抗菌薬をみると、セフトリアキソン(CTRX)とメロペネム(MEPM)、あるいはCTX とMEPMの併用例が多い。分離された全Hib株に対するそれぞれの薬剤のMIC90は、ABPCが8μg/ml、CTRXが0.25μg/ml、CTXが1μg/ml、MEPMが0.5μg/ml、肺炎球菌に抗菌力の優れたパニペネム(PAPM)のそれは2μg/mlである。原因菌が耐性のHibであると判明した際に最も重視しなければならないのは、見掛けの薬剤感受性の良否よりも、むしろ髄液への移行性に優れていること、短時間殺菌性に優れていることの2点である。目下、単剤で耐性菌に対するこれらの条件を完全に満足できる薬剤はないように思える。
まとめ
インフルエンザ菌によるさまざまな侵襲性重症感染症の原因菌は、Hibが圧倒的に多いこと、1歳以下の発症例が多くを占めること、さらにはそれらが治療用抗菌薬に耐性化していることを記した。治療に難渋する例や予後不良例も散見されることは、生後早い時期からのHibワクチン定期接種が必要であることを示唆している。
北里大学北里生命科学研究所病原微生物分子疫学研究室 生方公子