近年、淋菌の薬剤耐性化が高度化しており治療剤選択の幅が制限されてきている。世界に先駆け、日本において1990年代末に経口第3世代セファロスポリン剤(セフェキシム)耐性淋菌が出現し、2000年以降、国内各地でその分離頻度が高まった。その結果、セフェキシムをはじめとする経口セファロスポリン剤は淋菌感染症治療に用いることが推奨されない状況となった。淋菌感染症治療に頻用されたフルオロキノロン剤に関しては、既に分離株の80%以上が耐性であり、治療効果は期待できない。日本性感染症学会の治療ガイドラインでは、第3世代セファロスポリン注射剤であるセフトリアキソンあるいはセフォジジム、ならびにスペクチノマイシンの単回投与が推奨されている 1)。
セフトリアキソンは世界的にも淋菌感染症治療の第一選択剤であり、治療効果が期待できるその他の薬剤はスペクチノマイシン、アジスロマイシンに限られている。しかしながら、スペクチノマイシンに関しては、過去において使用頻度の上昇で速やかにスペクチノマイシン耐性菌が出現した 2)。また、英国ではアジスロマイシン耐性株の分離頻度が上昇してきており、高度耐性株の分離も認められる 3,4)。これらの事実から、セフトリアキソン耐性淋菌の出現と拡散は淋菌感染症治療を極めて困難にすることが危惧されており、淋菌感染症に対する公衆衛生行政の大きな変換が求められる可能性がある。本稿では、性風俗従事者の定期検診において、咽頭検体から分離されたセフトリアキソン耐性淋菌について報告する。
2009年1月30日、京都市において31歳性風俗従事女性が性感染症定期検診を受診した。咽頭検体を用いた核酸検査Strand Displacement Amplification, SDA法にて淋菌陽性の結果をうけ、2月12日再度受診。咽頭検体からの淋菌分離を試みると同時に、日本性感染症学会で推奨される推奨プロトコールに従って、セフトリアキソン1g 静注にて治療をうけた。2月27日咽頭淋菌検査をSDA法にて施行したが再度陽性であった。3月13日、セフトリアキソン1g 静注治療をうけた。4月および5月の検診においては、咽頭淋菌陰性の結果であった。
2月12日に得た咽頭検体からの分離株(以下、H041株)は同定検査キット(Nissui Rapid ID20 HN)を用いてβ-lactam分解酵素非産生性淋菌と同定された。薬剤感受性試験は、寒天希釈法によって最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。その結果、H041株はペニシリン(4μg/ml)、,セフェキシム(8μg/ml)、セフトリアキソン(8μg/ml)、レボフロキサシン(16μg/ml)に対して耐性、スペクチノマイシン(16μg/ml)に対して感受性、アジスロマイシン(0.5μg/ml)に対しては低感受性であった。
H041株の第3世代セファロスポリン剤であるセフェキシムおよびセフトリアキソンに対するMICは8.0μg/mlおよび2.0μg/mlであり、これまでの報告と比較していずれも著しい高値(8倍あるいは4倍)を示した。
淋菌の7つの必須遺伝子の塩基配列多型性を利用した分子タイピング法、Multilocus Sequence Typing(MLST)により、セフトリアキソン耐性淋菌H041株はST7363型に属することが明らかにされた。ST7363型は1990年代後半以降、国内各地で広がったセフェキシム耐性淋菌の多くが示す配列型である 5)。このことは、セフェキシム耐性淋菌が新たな耐性遺伝子を獲得し、セフトリアキソンに耐性化した可能性が示唆された。
H041株が分離されたクリニックにおける、性風俗従事者検診を中心とした淋菌分離検査により、2008年12月20日〜2009年4月1日までの間に40株の淋菌が分離された。しかし、H041株以外のセフトリアキソン耐性淋菌は見いだされなかった。加えて、現時点まではセフトリアキソン治療抵抗性の淋菌の拡散を示す結果は得られていない。そのため、現状においては淋菌感染症治療ガイドラインに従った治療が適切であると考えられる。
しかしながら、セフトリアキソン治療抵抗性の淋菌感染症が既に広がりつつある可能性は否定できない。京都における薬剤耐性淋菌の強化サーベイランスを実施し、セフトリアキソン耐性淋菌の拡散の有無を詳細に検討することが必要とされる。適切な抗菌薬治療を徹底するためにも、淋菌の分離同定/薬剤感受性試験の実施が重要になってきた。さらに、WHOの推奨する薬剤耐性淋菌ナショナルサーベイランスを実施する必要性が一段と高まったと考えられる。
参考文献
1)性感染症 診断・治療 ガイドライン 2008, 日本性感染症学会誌 19(1), Suppl
2) MMWR 32: 51-52, 1983
3) Palmer HM, et al ., J Antimicrob Chemother 62: 490-494, 2008
4) Chisholm SA, et al ., J Antimicrob Chemother 64: 353-358, 2009
5) Ohnishi M, et al ., Antimicrob Agents Chemother 54: 1060-1067, 2010
保科医院 保科眞二
京都府立大学大学院女性生涯医科学 岩破一博 北脇 城
三菱化学メディエンス 雑賀 威
国立感染症研究所細菌第一部 大西 真