鳥取県では、2006年まで日本紅斑熱患者の報告はなかったが、鳥取県は島根県と隣接し、特に境港市は、境水道を隔て島根半島と近接するため、この地域での発生が強く警戒されていた。しかし、2007年県内で初めて報告された患者発生は、島根県から最も離れた兵庫県境に近い県東部からであった(図)。さらに翌2008年には新たに2人の患者が発生した。この3名の患者の疫学情報を収集・分析してみると、3名とも同一町内の、それも限られた地区で感染した可能性が高いことが分かった。また、2008年および2009年に、この地域において捕獲したアカネズミ9頭のうち、1頭の脾臓からRickettsia japonica (Rj)17kDa遺伝子断片が検出されている。
この鳥取県における日本紅斑熱発生地域は、島根県の発生地域といくつかの共通点がみられる。それは、山深い集落であること、また山の北側5〜7kmで日本海に面していることである。島根県保健環境科学研究所の調査によれば、中国山地では日本紅斑熱の発生はなく、Rjを保有するダニも捕集されていない。鳥取県の発生地域も中国山地の集落ではなく、海岸に近い山野であった。一方、リケッチアが引き起こすつつが虫病は、島根県・鳥取県とも中国山地で発症しており、日本紅斑熱発症地域とは重複していない。このように考えると、日本紅斑熱を含むリケッチア症の発生には地理的な要因が強く関わっていると考えられる。
発症者の概要は次のとおりである。
症例1:40代男性で、2007年9月8日に発熱出現し、4日後も解熱せず病院受診した。セフェム系抗菌薬セフジニル投与後も40℃の発熱が持続し、翌9月12日には全身に小紅斑が出現した。9月14日に発熱軽快せず、近医入院した。血液検査でCRP 、白血球の上昇、血小板の低下、肝機能異常がみられた。入院後も症状改善なく、9月16日に転院した。転院後、発疹や刺し口が認められたため、つつが虫病を念頭にミノサイクリン(MINO)投与を開始した。発熱はしばらく続いたが、転院7日目には37℃台、10日目には36℃台となった。検査データや臨床症状の改善をみて、転院後14日目にMINO投与を中止し、16日目に退院となった。問診によると、9月2日に自宅近くの山中に立ち入っており、この際に感染したと思われる。
症例2:80代女性。2008年10月11日に39℃の発熱があり、翌12日に病院受診した。セフェム系抗菌薬セフトリアキソン投与するも解熱せず、10月14日には、体幹部に5〜10mmの紅斑が出現した。発熱7日後の18日になっても完治せず、抗菌薬をMINOに変更した。10月21日には解熱し、23日に紅斑が消滅した。この間、肝機能が異常を示している。感染日と感染地は不明だが、居住地は山近い場所にあり、日常的に畑作業をしていた。
症例3:60代男性。2008年11月11日に発熱があり、翌12日に病院受診した。13日にふるえが現れたため、再度病院に受診し、セフェム系抗菌薬セフカペンピボキシルの処方を受けた。14日に発疹出現、15日には解熱した。17日に再度38℃の発熱があり、入院となった。播種性血管内凝固症候群(DIC)を起こしており、セフェム系抗菌薬セフォゾプラン投与、20日夕にMINO投与開始、その後、数日で解熱、完治した。この間、肝機能異常を示し、横紋筋融解を起こしていた。感染日と感染地は不明だが、自宅近所の山を歩くことが日課になっていた。
いずれの症例も間接蛍光抗体法によるIgG、IgM抗体の陽転をもって確定した。
3名の患者はともに、感染時期は9〜11月であり、これは島根県の発生時期のピークと合致した。症状については、3名とも肝機能異常が見られ、特に後者の2名はDICを起こしていた。DICを起こした2名には刺し口が見当たらず、診断の遅れにつながったことが原因と考えられる。
3例目の男性は、問診時の「ダニに刺されていないか?」の問いかけに、「岡山県北部で刺された可能性がある」と答えていた。これは、自分の居住する近くに、日本紅斑熱を引き起こすダニが生息しているとは、全く考えていなかったことを示している。鳥取県での発生は3件と非常に少ないが、全国の患者数の推移をみると、今後、患者が増加する可能性があると考えられる。鳥取県では今のところ、日本紅斑熱の発生地が限局されており、この地域の住民・医療関係者に啓発することで発生数の増加や症状の重症化を未然に防ぐことができるものと考える。また、発生地域周辺や、島根半島と隣接する地域において、Rjの浸淫状況を把握することも喫緊の課題である。
鳥取県生活環境部衛生環境研究所保健衛生室
白井僚一
松本尚美(現, 鳥取県生活環境部くらしの安心局くらしの安心推進課)
木村義明(現, 同研究所化学衛生室)
鳥取県立中央病院内科 柳谷淳志
島根県保健環境科学研究所 田原研司(現, 島根県薬事衛生課)