熊本県における紅斑熱患者は2002年に1例確認されていたが、2003〜2005年まで患者発生の無い年が続いていた。しかし、その後2006年に2例、2007年に11例、2008年に18例、2009年に16例が報告され、2002年からの患者数合計は48例に上っている(図1)。
今回、我々の研究所に検体が搬入され、Rj YH株を抗原とした間接蛍光抗体法で紅斑熱であることが確認された44例について、情報を収集・解析した。その結果、患者の発生地域は八代地域(3例)および天草地域(41例)で、特に2007年以降、天草地域の特定地区で患者数が急増し、現在、三重県や和歌山県とともにホットスポットとなっている(図2)。ただし、本県では現在のところ発生地域は限局しており、拡大は見られていない。患者発生の時期は、4〜11月にかけてであり、ピークも年によって異なるが、8〜10月の間が多い傾向にある。性別では、男性(17例)、女性(27例)で、年齢別では、10歳未満(1例)、20代(1例)、30代(1例)、40代(2例)、50代(5例)、60代(7例)、70代(21例)および80歳以上(6例)で、60歳以上が約80%を占めている。推定感染場所の地形は、発生地域の地形を反映した山地が多く、果樹園、畑、山林等での農作業や森林作業時の感染が大半である。
患者の臨床症状は、主要三徴候とされる発熱、発疹および刺し口であった。発熱は38℃〜40.8℃の範囲で平均39.4℃であり、全例に認められた。発疹も全症例に認められ、このうち37例は全身に出現していた。リケッチア症診断のポイントである刺し口の発見は25例であった。また、臨床検査所見では、CRPの上昇およびAST、ALT、LDH等の肝機能関連酵素の上昇が見られた。
一方、全血や刺し口の痂皮が得られた場合に実施している古屋らのNested PCR法および花岡らのリアルタイムPCR法で、全血11件中2件、刺し口の痂皮3件中1件が陽性となった。すなわち、3例がPCR法陽性となり、PCR産物のダイレクトシークエンス結果は、Rjと 100%一致した。なお、このうちの2例からL929細胞培養でRjが分離された。
本県における紅斑熱患者の急増により、2008年に野鼠類の調査を2回行った。捕獲されたアカネズミ(79匹)、ヒメネズミ(1匹)、ヒミズ(1匹)の合計81匹から採取した各種臓器のPCR検査で、アカネズミ1匹の肝臓と脾臓が陽性となった。PCR産物のシークエンス解析を行ったところ、Rjと100%一致した。
また、2009年からほぼ毎月行ったダニの調査では、タカサゴキララマダニ、キチマダニ、タカサゴチマダニ、ヤマアラシチマダニ、オオトゲチマダニ、フタトゲチマダニ、アカコッコマダニの3属7種が採取され、タカサゴチマダニとヤマアラシチマダニが多数を占めた。Rjは宿主特異性が低く、保有マダニ種は多数に及ぶと考えられているが、PCRの結果はヤマアラシチマダニの若虫1検体のみが陽性となり、細胞培養法でRjも分離された。
以上、ヒト、野鼠およびダニからRjが検出されたことから、本県で発生している紅斑熱は日本紅斑熱であり、感染経路の一つとして、アカネズミをリザーバー、ヤマアラシチマダニをベクターとする経路が考えられた。
本県における近年の日本紅斑熱の増加、特に特定地域での増加理由は不明であるが、一因として現地でのイノシシの増加が推定されている。日本紅斑熱の患者増加の要因として、野鼠類以外にシカ等の大型動物の報告もあるが、本県の多発地域にシカは確認されていないことから、イノシシがその増加要因になり得るか興味のあるところである。
熊本県保健環境科学研究所 松本一俊 八尋俊輔* 松尾 繁** 原田誠也
*現, 熊本県健康危機管理課
**現, 熊本県菊池保健所
宮崎県衛生環境研究所 山本正悟
鹿児島県環境保健センター 本田俊郎(現,鹿児島県立大島病院)
国立感染症研究所 安藤秀二