症例:80代、男性、左利き、岡山県倉敷市北部在住(初発例の近所)。
主訴:意識障害、発熱。
既往歴:脳梗塞(2009年8月)、抗血小板薬服用中、高血圧、ペット飼育なし。
現病歴:2009年10月初め、雨どいや庭の手入れ等をした。10月X日頃より発熱あり、発疹もあったらしい。X+3 日、川崎医大付属病院脳卒中科外来受診。発熱・感冒様症状あり、解熱薬を処方され帰宅した。X+6日、異常行動や転倒が出現し、タクシーで同院救急外来受診。頭部CT/MRIで左側頭葉に皮質下出血があり、脳卒中科に入院となる。
入院時現症:体温38.2℃、血圧102/46 mmHg、脈拍122/min整、全身に紅斑を認めたが、刺し口は不明であった。意識はJCS でII-10、高次脳機能障害ははっきりしない。脳神経、運動系、感覚系に明らかな異常はなかった。
血液検査所見:WBC 4,560/μl(杆状球54.0%、分葉球41.0%、リンパ球 2.0%、好酸球 0.0%)、RBC 340万/μl 、Hb 10.2 g/dl、Ht 29.3 %、Plt 9.9万/μl 、TP 5.8 g/dl 、T-Bil 0.3 mg/dl 、Cr 1.56 mg/dl 、BUN 54 mg/dl、CRP 19.3 mg/dl、PT 10.7sec、INR 1.05、APTT 36.0 sec 、AT-3 63.6 %、Fibrinogen 466 mg/dl、D-dimer 32.6μg/ml。
入院後経過:脳出血に敗血症を伴っていると考え、メロペネムを初日から、次いでシプロフロキサシンを追加投与したが播種性血管内凝固症候群(DIC)が進行した。意識障害悪化、血圧低下し、尿量も減少した。3病日に近所の方がリケッチア症らしいとの情報があり、メロペネムからミノサイクリン(MINO)に変更した。しかし、4病日にはショック状態となりICU入室。人工呼吸管理と高流量持続血液透析、血小板輸血、新鮮凍結血漿投与を行ったが、5病日には足指すべてと、左手2〜5指、右手指の爪床に虚血が進行し、急激に黒色壊死に至った(図)。8病日から解熱傾向となり、透析終了・抜管ののち15病日ICUから一般病棟に転室した。以後全身状態は徐々に改善したが、軽度の意識障害と脳出血の後遺症による注意力低下・軽度の半側空間無視を認めた。30病日に採取した血清の抗Rickettsia japonica (Rj)抗体は、IgM 320倍、IgG 2,560倍と有意に上昇し、日本紅斑熱と診断した。ツツガムシ抗体価5血清型IgG 、IgMは陰性であった。その後も発熱等の不安定な病態を繰り返し、末端壊死部の関与が疑われたため、71病日に左2〜4指を切断し、37℃前半まで解熱、93病日に両側の足趾を切断し、その後36℃台に低下した。切断指からRj遺伝子が検出された。
本例は、日本紅斑熱にAIPFを合併した重篤例であった。AIPFは感染症が原因で全身に多発する紫斑と急性進行性に四肢末端壊死を呈し、致死率も高い比較的稀な症候群である。久保らは、2001〜2008年のAIPF 6例を報告している 2)。6カ月後致死率は33.3%で、救命しえた4例はいずれも二肢以上の切断を要している。本例も6カ月以上生存しているが、最終的に左2〜5指と両側すべての足趾の切断を要した。
我々が検索した限りでは、リケッチアによるAIPFの報告は、海外でR. rickettsii によるロッキー山紅斑熱の6例(14本の手指・足趾の切断術が実施された症例を含む)、R. australis によるクインズランドマダニチフスの1例が報告されているが、稀である 3)。一方、RjによるAIPFの報告はなかった。
本例の病態には、MINOの投与開始が発症9日目であったこと、高齢による免疫状態の低下や、脳梗塞のため抗血小板薬を服用していたこと、などが関与したと考えられた。リケッチアによるAIPFについてはまだ不明な点が多く、今後さらに検討を要する。
参考文献
1)川上万里, 他, 感染症学雑誌 84(S): 326, 2010
2)久保健児, 他, 感染症学雑誌 83: 639-646, 2009
3) McBride WJH, et al , Emerg Infect Dis 13(11): 1742-1744, 2007
川崎医科大学付属病院脳卒中科 山下眞史
岡山県環境保健センター 木田浩司 岸本壽男
島根県保健環境科学研究所 田原研司(現, 島根県薬事衛生課)