Rickettsia heilongjiangensis 国内感染の第1症例の確認経過と感染源調査
(Vol. 31 p. 136-137: 2010年5月号)

2008(平成20)年8月、宮城県仙台市における紅斑熱群リケッチア症の患者発生が確認された。当初、つつが虫病が疑われたが、抗体が検出されなかったため、急性期の検査材料(全血、血清、刺し口)とペア血清が日本紅斑熱の検査に供された。Rickettsia japonica (Rj)に対する抗体価の4倍以上の有意上昇が間接蛍光抗体法ならびに間接免疫ペルオキシダーゼ法によって確認され、生検(刺し口)皮膚材料を用いた、17KDa蛋白抗原のリケッチア属共通のプライマー(R1/ R2)、Rjを標的としたプライマー(Rj5/Rj10)によるPCRにおいて陽性であった(参照)。しかしながら、急性期検体採取の前日、救急外来においてすでにミノサイクリンが投与されていたためか、急性期全血からのリケッチアのPCR検出ならびに分離はできなかった。従来、この地域においては日本紅斑熱患者の発生は報告されていないため、さらにPCR産物のシークエンス解析等、実験室精査を進め、17kDa蛋白抗原遺伝子の他、gltA ompA 遺伝子のいずれにおいても、極東アジアのロシアや中国の患者から報告され、日本国内では確認されていなかったR. heilongjiangensis (Rh)の遺伝子配列が確認された。また、Rjと同程度のRhに対する抗体価の上昇も確認された。

これらのことから、患者情報の収集と感染推定地域における媒介ベクターと動物の野外調査を8月中旬から開始し、収集されたイスカチマダニ(Haemaphysalis concinna )からRhのPCRによる検出、L929を用いた細胞培養による分離にも成功した。分離されたRhは17kDa、gltA ompA のいずれの遺伝子領域においても患者材料から得られた遺伝子配列と100%一致した。さらに、患者感染推定地域で捕獲されたドブネズミ3頭よりRhに対する高い抗体価が検出された。Rhのベクターとして確認されたH. concinna に関する日本国内での生息情報はいまだ極めて限定的である。今回、リケッチア陽性となったH. concinna が収集された環境は、従来より日本紅斑熱リケッチアRjを有するマダニ類の生息が確認されていた山林等と異なり、日差しをさえぎるもののない都市部の河川敷であった。このような環境を持つ北日本地域においてH. concinna が生息し、同様の患者が発生している可能性があり、今後、H. concinna の分布をより明確にするとともに、Rhなど保有するリケッチアの情報の蓄積が必須となる。

一連の患者確認と実験室診断、感染源調査のための野外調査から、日本国内にRhによる紅斑熱群リケッチア症の患者発生が初めて確認された。国内には関東以西の西日本を中心とするRjによる日本紅斑熱とは異なる紅斑熱リケッチア症が存在することが示唆されてきたが、本症例のように、これまで報告のなかった日本国内の地域においても患者の発生が起こっている可能性がある。疾患の存在の可能性を認識していることによって、適切で迅速な患者の治療や対応が可能となる。本症例においては患者の把握から現地調査まで迅速な実施ができたことが新しい知見を得られた最大の理由ともいえ、臨床現場、検査室、野外調査が柔軟にスムーズに連携する体制の重要性が示された典型的な事例であるといえる。国内のリケッチア症の基礎データとなる野外調査の継続とともに、リケッチア症の啓発、迅速適切な実験室診断の導入が可能となる情報提供も必要である。この新たな紅斑熱群リケッチア症の疫学の解明は国内の日本紅斑熱、リケッチア症の実態の認識を大きく変えるものになると予想される。

国立感染症研究所 安藤秀二 坂田明子 花岡 希 川端寛樹
大原綜合病院附属大原研究所 藤田博己
仙台医療センター 黒澤昌啓 斉藤若奈
福井大学医学部 矢野泰弘 高田伸弘
仙台市衛生研究所 酒井克朗 勝見正道 関根雅夫 小黒美舎子 熊谷正憲
国立感染症研究所(現,岡山県環境保健センター) 岸本壽男

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