モザンビーク共和国で感染したRickettsia africae によるマダニ刺症の2例
(Vol. 31 p. 137-138: 2010年5月号)

はじめに
1992年、キララマダニ属(Amblyomma hebraeum , A. variegatum )に媒介される新規リケッチアとしてRickettsia africae (Ra)が同定され、発熱などのインフルエンザ様症状を呈するものをAfrican tick-bite fever(ATBF)と提唱された 1)。近年アフリカ・サハラ砂漠以南の感染例が多く報告され、本邦でも疑い例が2例報告されている 2)。2009年4月にモザンビーク共和国で邦人8名が現地でマダニに刺され、うち全身症状を呈した2名について精査し、皮膚生検組織のnested PCRとシークエンス解析にてRaが同定された。本邦でRaが同定された報告は初めてであり詳細について報告する。

症例1
30歳女性。郊外の草原を歩行中に下肢、体幹に20カ所以上マダニに刺され、10日後から発熱、頭痛と腋窩・鼠径リンパ節が腫脹した。

初診時臨床像:左下腿内側に4〜5mm大の壊死性の丘疹を認めた(図1左)。下腹部と反対側の下腿にも2〜3mm大の丘疹が散在していた。その他、微熱、頭痛、腋窩と鼠径リンパ節の腫脹を認めた。

臨床検査成績:WBC 6,600/μl 、Eo 0.3%、CRP<0.04 mg/dl、LDH 200 IU/l、CK 70 IU/l、BUN 12.8 mg/dl、Cr 0.65 mg/dl、FBG 541 mg/dl、PT 12.3s、APTT 30.9s、INR 0.96。

症例2
55歳男性。現地の草原を歩行中に下腿をマダニに刺され、5日後から発熱、頭痛、鼠径リンパ節腫脹、倦怠感や筋肉痛を認めた。前者では下腿に中央壊死性の丘疹を、後者では黒色壊死を伴う硬結を認め、皮膚生検した。

初診時臨床像:両側下腿に中央壊死性の暗紫紅色調の硬結が3カ所あり、強いそう痒を伴った(図1右)。その他、微熱、頭痛、倦怠感、鼠径リンパ節腫脹と全身の筋痛を認めた。

臨床検査成績:WBC 4,600/μl、Eo 0.3%、CRP 0.58 mg/dl、LDH 337 IU/l、CK 70 IU/l、BUN 14.6 mg/dl、Cr 0.84 mg/dl、FBG 541 mg/dl、PT 11.9s、APTT 44.3s、INR 0.94。

診 断
2症例の血清抗体価は抗原交差性が高いR. japonica R. conorii で1カ月後の抗体価が有意に上昇した(表1)。またnested PCRでRaを含む紅斑熱リケッチア群に共通の17kDa抗原蛋白を検出し、PCR産物のシークエンス解析にてgltA 遺伝子(341bp)、17kDa抗原蛋白(394bp)、ompA 遺伝子(491bp)の3領域が一致し、2症例ともRaによるATBFと診断した。

治療経過
自験例では潜伏期間は5〜10日で、両者ともミノサイクリン(MINO)200mg/日内服で全身症状は軽快した(症例1:8日、症例2:5日)。

考 察
Raにより全身症状をきたすATBFの特徴は、多発する虫刺痕と発熱、頭痛、筋痛、リンパ節腫脹で、地中海紅斑熱との違いは全身症状が軽微であり、虫刺痕が多発することとされる 3)。自験例では虫刺痕は時間が経過していたことから壊死性の丘疹から硬結を呈したことが特徴的であった。症状発症までの潜伏期間は5〜10日とされ 4)、自験例では5〜10日で一致した。マダニ刺症の治療は、多くの症例ではドキシサイクリン200mg/日(7〜10日)にて投与1〜2日で症状は改善するとされるが 5)、自験例ではMINO 200mg/日内服にて症状改善までに5〜8日を要した。マダニ刺症の予防にDiethyl-3-methylbenzamide (DEET) (≧19.5%)の外用 6)が有効であるが、この濃度の外用剤は本邦にはない。今回2症例ともソックスラインより上方の下腿にマダニによる虫刺痕を認め、症例1では下腹部がシャツで隠れていなかったことから体幹もマダニに刺されたものと考えた。従ってマダニ刺症の予防のためには、(1)草原を歩行しないこと、(2)衣類の着用は露出を避けること、(3)DEET含有外用剤を予め外用することが重要と考えた。

 参考文献
1) Kelly P, et al ., Lancet 340: 982-983, 1992
2)木村幹男, 他, 感染症学雑誌 72(12): 1311-1316, 1998
3) Disier R, et al ., N Eng J Med 344(20): 1504-1510, 2001
4) Mogens J, et al ., Lancet Infect Dis 3: 557-564, 2003
5) Laubenberger CM, et al ., Z Allg Med 70: 843-846, 1994
6) Jensenius M, et al ., Trans R Soc Trop Med Hyg 99(9): 708-711, 2005

聖路加国際病院 中野敏明 衛藤 光
同内科感染症科 横田恭子 古川恵一
国立感染症研究所ウイルス第一部 安藤秀二 坂田明子

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