リケッチア症の検査法には、抗体検出、遺伝子同定、病原体分離・同定、免疫染色などがある。現在一般的に用いられる検査法のもつ課題は、抗体検出では抗原の交差性の考慮、ペア血清を要したり低反応性症例の存在、遺伝子同定ではコントロール精度や複数の標的遺伝子の必要性等がある。分離では分離後の同定までを含む迅速性やバイオセーフティに関する課題、免疫染色ではレトロスペクティブになりやすいことや非特異的反応を完全に排除できないことが指摘されている。また、国内のリケッチア症検査において、つつが虫病の血清型Orientia tsutsugamushi Kato、Karp、Gilliamの3種の抗原(標準3抗原)のみが血清診断の体外診断薬として承認、保険適用である。
現在、リケッチア症の国内発生に対応して血清診断に必要な他の抗原や遺伝子検出に対応している施設は、一部の地方衛生研究所(地研)などに限定されていることから、今後のリケッチア症実験室診断体制の充実のための強化点を明らかにするために、地研の現状についてアンケート調査を行った。2009(平成21)年7月現在、全国衛生微生物技術協議会に参加する地研77施設を対象に行い、75施設から回答が寄せられた。
回答施設の36%(27/75)がつつが虫病と日本紅斑熱の両検査を実施していた。つつが虫病のみや日本紅斑熱のみの施設を合わせると半数の施設でこれらの実験室診断が実施されている。しかしながら、松井らのつつが虫病に関する類似調査(2002年実施)では、回答67施設中44施設で実施されていた(対象施設73施設)。今調査では、つつが虫病検査の実施は36施設に減少した。
西日本に多いとされたKawasaki、Kuroki型の検査は民間ラボでは実施されず、西日本の地研の多くがなおも「標準3抗原」に加え、これら2血清型を含む5抗原による検査体制を維持していることは、標準3抗原で検出できない症例があることを想定していると考えられる。また、民間ラボでは、抗原、ペア血清、イムノグロブリンの組み合わせから最大12項目(抗原3種、ペア2ポイント、IgGとIgM)になることから、医療費等から医療現場において実施が難しいことを地研がカバーしている。東北地域では、「標準3抗原」に加え、この地域でしばしば原因となるO. tsutsugamushi Shimokoshi型を抗原に加える施設もある。現在、Kawasaki、Kuroki型の患者が東北地域の南部においても多数確認されていることから、血清診断のみでは抗原血清型の選択によって患者を確定できない症例が増えることが考えられる。
PCR法等の遺伝子検出は、実施施設が増えてはいるものの、急性期血液ではしばしば陰性になり、PCRにのみ頼ることも危険である。PCRの検出効率を上げるために皮膚材料の有用性について地研を対象とした研修会などで情報発信してきたにもかかわらず、その適用は実施施設のすべてにおいては行われていないため、コントロール配布に加え、マニュアル更新など、実施に必要な方策を再検討する必要がある。
2008年1〜12月の期間、感染症法に基づく暫定届出数(つつが虫病434症例、日本紅斑熱133症例)に対し、回答施設での確定症例数はつつが虫病 219症例、日本紅斑熱127症例であった。つつが虫病症例の地研での確定数は届出数の半数であるが、日本紅斑熱の症例のほとんどが地研の検査により確定されている。しかし、つつが虫病の多くの症例の届出がなされていない可能性があり、抗原の不一致による陰性判断に加え、患者数がかなり少なく見られていると考えられる。患者発生が少ない、もしくは「ゼロ」との見かけの公的統計値は、医療現場における地域のリケッチア症に対する意識付けを低くすることになり、リケッチア症診療の経験が乏しい医療現場でリケッチア症が疑われず、患者の治療に大きな影響を及ぼすことも危惧される。
地研におけるつつが虫病と日本紅斑熱に関する検査体制は、血清診断、遺伝子診断、分離までの充実した施設がある一方、つつが虫病については検査を日常業務から除外している施設もあり、全国的には実施施設が減少している。また、PCR法による遺伝子検出診断が加わる一方、用いる血清診断の手法、抗原については施設ごとに差があり、判定に熟練を要する診断法でもあるため、診断技術レベル・精度の維持が重要となってくる。より迅速、効率的な検査体制の構築と安定強化のための方策を検討、実施、継続することが必要である。
参考文献
松井珠乃,他, 感染症学雑誌,78: 248-252, 2004
国立感染症研究所ウイルス第一部第五室 安藤秀二 坂田明子