刺身定食を原因食品として発症し、内視鏡検査で虫体(9匹)が摘出されたアニサキスによる食中毒事案について報告する。2009年9月に千葉市保健所は、患者本人から通報を受け、聞き取り調査を実施した結果、以下の事実が分かった。すなわち、この患者は他の6名と一緒に、通報の8日前に、千葉市内の飲食店(以下、当該施設)を利用した。刺身定食を喫食した3名が食後約30分〜3時間半の間に腹痛、吐き気、発熱、蕁麻疹等を発症した。食後約30分に発症した患者(通報者)が医療機関を受診し、内視鏡検査でアニサキス虫体が摘出されて回復した、とのことであった。
保健所による当該施設への立ち入り調査により、事案発生当日には刺身定食が25食提供され、同一食材(刺身)を利用した海鮮丼も20食提供されたことが分かった。刺身として調理された魚介類は5種類で、マグロ、サケ、アマエビ、ホタテガイの4種類に加え、アジ、シマアジ、ハマチ、タイあるいはカジキのいずれかが、無作為に選択されて使用された。このうち、マグロは−40℃で、サケ、アマエビは−20℃〜−30℃で、各々冷凍されたものが解凍後に使用されており、アニサキス症の原因ではないと考えられた。アニサキス虫体(幼虫)は−17℃(以下)で24時間(以上)冷凍すれば死滅するとの報告がある 1)。冷凍された魚種に加え、ホタテガイもアニサキス症の原因とは考え難いことから、これら以外の未処理のままで刺身として提供されたアジ、シマアジ、ハマチ、タイあるいはカジキのいずれかが、本事案の原因と示唆された。しかしながら残品もなく、原因魚種の特定には至らなかった。なお、本事案発生当日に当該施設を利用した員数は141名(69グループ)であったが、通報者を含む当該グループ以外には、発症者を確認できなかった。
患者の医療機関受診時の主訴が心窩部痛と蕁麻疹であったことは、保健所の聞き取り調査でも確認された。この症状から患者は胃アニサキス症であることが疑われ、内視鏡検査が実施されて、胃噴門部に寄生する虫体9匹が摘出された。虫体はいずれも内視鏡での検査中だけでなく、鉗子での摘出時にも運動を続け、さらに固定液である10%ホルマリン液に浸漬後も、しばらくは動いていた虫体も認めた。虫体はホルマリン液で十分に固定後、ラクトフェノールで透徹して、顕微鏡下に形態を観察した。その結果、この1名の患者由来の9匹の虫体は、いずれも胃が長方形で、尾端部に尾突起(ムクロン)があり、この特徴からアニサキスI型の第3期幼虫(Anisakis sp.)と同定した。
以上の疫学および病因に関する調査を踏まえ、また、患者を診察した医師から食中毒患者等届出票が提出されたことから、本事案は当該施設を原因施設とするアニサキスによる食中毒として、法に則した対応がなされた。なお、胃アニサキス症例からの摘出虫体数を従来の報告に調べると、1症例からの最多は56匹であった 2)。この56匹の症例とは別に、2,463例の胃アニサキス症例を調べた飯野らは、最多が28匹で、次いで13匹、11匹、10匹、9匹、8匹(以下略)の虫体が、それぞれ1症例から摘出されたと報告している 3)。従って9匹が摘出された本事案は、多数寄生のアニサキス症例になると考えられた。
魚介類の生食が日常的なわが国では、アニサキスによる食中毒の発生が稀ではなく、最近でも年間に推定2,000件以上が発生するとされている 4)。しかしながら厚生労働省の食中毒統計では、例えば2001〜2008年までの8年間の届出は、事件数(患者数)がわずか38件(38名)に留まり、年平均では5件(5名)以下で推移している(なお食中毒病因物質の分類では、アニサキス等の寄生虫は「その他」の範疇にあるが、食中毒患者等届出票には原因の寄生虫種が記載され、発生年別のアニサキス食中毒の事件数・患者数は確認できる)5)。アニサキスを原因とする食中毒は、寄生虫以外の病原微生物による食中毒に比べて、複数の患者発生を認める事案が少ない。今回も、摘出虫体の同定により確定診断された患者1名は、疫学調査からも原因食品が推定され、食中毒事案として届出された。しかしながら他の有症者2名は、医療機関を受診せずに回復に至り、アニサキス症との特定と食中毒としての届出には及ばなかった。
健康被害(食中毒)の病因がアニサキスのような寄生虫である場合でも、「飲食に起因する健康被害」を「食中毒」として広くとらえ、患者(食中毒患者)を診断した医師が食品衛生法に則して届け出ることで、本事案のような食品媒介寄生虫症の発生実態が正確に把握されるものと期待された。このような実態の把握は、再発の予防にも役立つものと考えられた5)。また一方で、感染症・公衆衛生関係の専門家および地方自治体の医療保健行政担当者が、飲食店関係者や、さらに一般消費者を対象に、アニサキス症の危険性に関する啓発活動を実施し、これを継続することも、本症の発生予防に重要と考えられた。
文 献
1) Gustafson PV, J Parasitol 39: 585-588, 1953
2) Kagei N and Isogai K, Int J Parasitol 22: 251-253, 1992
3)飯野治彦, 他, 臨床と研究 72: 951-958, 1995
4)川中正憲・荒木潤,食品衛生研究 56: 17-22, 2006
5)杉山 広, Clin Parasitol 20: 9-11, 2009
千葉市保健所食品安全課 高橋 岳 三井良雄
小泉医院 小泉信人
国立感染症研究所寄生動物部 杉山 広