端 緒
EHEC感染症発生届に基づいた各自治体の調査により、ステーキチェーンA(以下Aステーキ)での喫食との関連が疑われるEHEC O157感染症が奈良県、滋賀県、広島県、広島市、東大阪市で発生していることが9月3日に判明した。広域散発発生が強く疑われたため、厚生労働省は全自治体に対して当該事案を照会するとともに、情報提供を依頼した。さらに国立感染症研究所(感染研)感染症情報センターおよび同研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)に調査依頼がなされた。
調査方法
10月2日までに各自治体からAステーキ関連のEHEC感染者として報告されたのは37名で、全例において、Aステーキでの喫食歴が確認されていた。そのうち35名の便検体からEHEC O157:H7 VT1&2(+)が検出され、うち34名でパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンが一致していた。
37例に対し、関係各自治体に標準化した調査票を用いての追加調査を依頼した。これによって共通の疫学調査内容(旅行歴、動物との接触、特定の食品の喫食歴、外食の有無とその具体的な内容など)での調査を行った。また発症に強く関連していると考えられた角切りステーキ肉を製造した食肉供給センターおよびAステーキ店舗での状況について、担当自治体に聞き取り調査を行った。
調査を進めるにあたり、以下を満たすものを症例として検討を行った。
(ア)2009年8月1日以降、同年9月30日までの間に
(イ)国内に在住または滞在していたもので
(ウ)血便、下痢(水様便、もしくは軟便が1回以上認められた状態)、腹部疝痛のいずれかの症状を呈し
(エ)便培養にてPFGEパターンが同一のEHEC O157 VT1&2(+)が検出されたもの
なお、これらの症例とは別に、京都府から感染研細菌第一部に送付された菌株の中に、同じPFGEパターンを示す菌株が3例認められていたことが後日になって判明した。この3例も同時期にAステーキでの喫食歴があり、関連症例と考えられた。
結果1(症例について)
報告のあった37例のうち、上記症例定義に基づく症例数は28例で、全例に角切りステーキ肉の喫食歴があった。症例定義を満たさなかった9例の内訳は、無症状6例、菌陰性2例、PFGEパターン不一致1例であった。異なるPFGEパターンであった1例は、Aステーキでの喫食歴があったものの、喫食内容は他の症例と異なっており、今回の事例とは直接関係のない散発例と判断した。28例の年齢中央値は7.5歳(2〜81歳)で、性別は男性17例(61%)、女性11例(39%)であった。症例の居住地は15都府県にわたっていた。28例の発症日を流行曲線に示す(図1)。発症日は8月16日〜9月2日まで2週間以上の期間にわたっていた。流行曲線は8月中旬〜下旬にかけて、および8月下旬〜9月上旬にかけての2峰性であった。集団としては大きく前半と後半の2つのグループに分けられるが、地理的情報を加味すると、前半の症例はすべて関東・甲信越で発生した症例であり、後半の症例はほとんどが関西・中国・四国の症例であった。
結果2(感染源、感染経路について)
各自治体による喫食調査および流通経路の遡り調査から、B食肉供給センターで8月3日に製造された角切りステーキ肉が汚染されていた可能性が考えられ、保存されていた8月3日製造のサンプル肉からEHEC O157 VT1&2(+)が検出された。前後数日間に製造された製品サンプルや工場のふきとり検査、従業員の便検査では菌は検出されなかった。
同食品は輸入肉、国産肉、牛脂などを混合し成型して製造されていた。製品よりさらに原材料まで遡ることができなかったため、汚染の発生場所等の原因は不明であった。同センターで製造された角切りステーキ肉はすべてAステーキに納入されており、8月3日製造の角切りステーキ肉のうち75%が8月17日〜26日に関西(中国・四国地方を含む)へ、25%が8月12日に関東(甲信越含む)へ出荷されていた。
各店舗に納入された角切りステーキ肉は、解凍後に加熱した鉄板にのせられた状態で客に提供されていた。提供時に余熱で調理されると説明し、客が自分で調理することを求めていたが、加熱不足の肉が食されていたことは十分に考えられる状況であった(図2)。
まとめ
今回のEHEC感染症広域散発事例は、成型肉である角切りステーキ肉の製造過程で、原料肉に起因するEHEC O157 VT1&2(+)による汚染が発生し、Aステーキ各店舗において、不十分な加熱状況で提供された結果、広範囲での患者発生に至ったと考えられる。
角切りステーキ肉は複数種の原料を混合して製造する、いわゆる成型肉であり、成型肉を調理する際には内部まで確実に加熱するよう、メニューのあり方や食事の提供方法を改める必要性が考えられる。
流通の広域化やチェーン店の増加に伴って食中毒は広域で発生しやすい状況となっている。少数の発症者が広域で散発的に発生した場合には、集団発生の判断が遅れる可能性や、対応が感染症を主体とするのか食品を主体とするのかが定まらない可能性がある。今後同様の広域的散発事例が発生した際の対応について検討しておくことが望まれる。
謝 辞
今回、多くの関係者の協力によって調査が行われた。特に関係各自治体、岐阜県西濃保健所、東京都多摩立川保健所、厚生労働省食中毒被害情報管理室には多大な協力をいただいたことを深く感謝いたします。
国立感染症研究所FETP 古宮伸洋 具 芳明
国立感染症研究所感染症情報センター 八幡裕一郎 砂川富正