本事例で患者等から分離されたO157の7株について、薬剤感受性試験(ABPC、PIPC、CMZ、SM、KM、GM、TC、CP、FOM、NA、OFLX、ST使用)およびパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による遺伝子解析を実施した。薬剤感受性試験では店舗Tを利用した兄妹(E047、E063)からの分離株は、SM、TCの2剤に耐性、同じ店舗Tを利用した1名(E071)からの分離株は、ABPC、SM、TC、CPの4剤に耐性であった。他の4株は12剤に感受性であった。PFGE解析(制限酵素Xba I消化)では、店舗Tを利用した兄妹(E047、E063)からの分離株、店舗Aを利用した1名(E054)からの分離株と店舗A/Sを利用した1名(E056)からの分離株は、それぞれDNAパターンが一致し、同一起源の株である可能性が示唆された。他3名(E055、E067、E071)からの分離株には、DNAパターンの一致するものはなかった。PFGE解析の結果から患者等が利用した店舗をみると、店舗Aと店舗Sでは各1種、店舗Tでは3種のDNAパターンを示す株が分離されていた(図1)。国立感染症研究所(感染研)のPulseNet情報(PFGE解析)では、当所のPFGE解析で、DNAパターンが一致した兄妹(E047、E063)からの分離株(感染研Type No. e235)は、8月に隣接の2県、同様に患者2名(E054、E056)からの分離株(同Type No. e236)も、8月に隣県から分離された株と同じタイプであった。この隣県の事例でも本県の事例と同じ系列の飲食店が関与していた。当所のPFGE解析で、単独のDNAパターンを示した患者2名(E055、E067)からの分離株(同Type No. e242、e461)は、他県等での分離はなかった。同様に単独のDNAパターンを示した患者(E071)からの分離株(同Type No. d92)は、2008年に本県の他12府県、2009年に本県の他5府県で分離された株と同じタイプであった(表1)。PulseNet情報からも、共通の感染原因による広域散発事例であることが示唆された。県内の3店舗を管轄する二つの保健所は、これら疫学調査での患者等の喫食および発症状況、菌株の遺伝子解析、そして、感染研のPulseNet情報などから、当該飲食店で提供された食事による食中毒事件と断定し、食品衛生法第55条(昭和22年法律233号)により9月12日から3日間の営業停止処分とした。この飲食チェーンは全国に展開する大型店で、8月には本社工場で外国産牛肉を加工し、東日本の数十店舗に供給していたことも分かったが、店舗に対して製品等の収去は行われなかった。
本事例で原因とされた角切りステーキ等は、ハンギングテンダーをカットして軟化剤調味液を加え真空包装されたものであった。加工処理された食肉は材料の小肉塊に細菌などが侵入している場合、調理時にその内部の加熱が不十分であれば、喫食等により口腔内に侵入する可能性が非常に高い。本事例の他にわが国では、ビーフ角切りステーキを原因とした広域散発事例が報告されている(IASR 22: 166-167, 2001)。飲食店における腸管出血性大腸菌O157食中毒対策について(平成21年9月15日付、食安監発0915第1号 厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長)、結着等の加工処理を行った食肉等を提供する飲食店における有効な加熱調理の実施等に関して、「客が喫食する段階において、中心部を75℃で1分間以上又はこれと同等の加熱効果を有する方法により加熱調理がなされていること」と通知された。また、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会は、平成22年3月30日付で、飲食店等における食中毒対策として、結着および漬け込み肉等についての加熱調理の重要性を指摘している。本事例の特徴は患者等7名からの分離株がPFGE解析で5種のDNAパターンを示し、同じ店舗の利用でもDNAパターンの異なる株が分離され、さらには関連のある他県等の事例でも、分離株のDNAパターンに多様性がみられたことである。PFGE解析の結果から推測すると、原産地(国)等の違う複数の材料からの汚染は否定できない。
今後、原材料のグローバル化、加工法の複雑化、チェーン店の大型化が進むなかの広域散発事例では、感染研および地方衛生研究所間での疫学解析情報の迅速な共有が被害の拡大防止に有効であると思われた。
前橋市保健所 衛生検査課
群馬県藤岡保健福祉事務所 保健係
群馬県西部保健福祉事務所 保健課
群馬県衛生環境研究所
黒澤 肇 鈴木智之 塩原正枝 横田陽子 小畑 敏 小澤邦壽