A焼肉店が原因施設と推定された腸管出血性大腸菌O157集団発生事例におけるIS-printing法の有用性について
(Vol. 31 p. 161-162: 2010年6月号)

平成18〜20年度厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症事業)「広域における食品由来感染症を迅速に探知するために必要な情報に関する研究」中で、迅速かつ簡便に疫学解析を行うため、IS-printing System[insertion sequenceの分布を利用したmultiplex PCRによる腸管出血性大腸菌(EHEC)O157サブタイピング法]の導入に向けた取り組みを行ってきた。2009年の夏、短期間に集中的にEHEC O157の散発事例が集積したため、入手した菌株について、随時、IS-printing Systemによる遺伝子解析を試み、行政サイドへ迅速な情報還元を行い、その有用性について検討したので報告する。

2009年8月6日〜同月21日の間、7名のEHEC O157:H7、VT1&2感染症の発生について、医療機関からの届出が管轄保健所にあった。疫学調査の結果、患者らは同年7月18日〜8月1日までの間に、T保健所管内のA焼肉店で食事をするか、同店で製造したキムチを購入して摂食していたことが判明した(表1)。

T保健所による細菌検査の結果、A焼肉店の施設作業場内のふきとり検体および従事者便、同焼肉店から提供のキムチからは、いずれも同菌は検出されなかったが、患者宅の冷蔵庫に保管されていたキムチ(A焼肉店で8月1日に購入。開封済み)から同菌が検出された。

医療機関および保健所から入手した菌株は、定法に従って同定し、EHEC O157に特異的な生化学的性状を確認した。VT遺伝子およびVT型の確認はPCR法で実施した。

IS-printing法は市販のIS-printing System(東洋紡)を用い、プロトコールに従って実施した。サンプルの調製は、クロモアガーO157培地に発育した1mm程度のコロニーを、推奨法であるアルカリ溶解法で処理して行った。ゲル作製および泳動に使用するbufferは0.5×TBEを使用した。その結果、患者由来の6株および無症状病原体保有者由来の1株、患者宅に保管されていたキムチ由来の菌株は、図1に示すように、いずれも同じISパターンを示した。

以上の疫学調査と細菌検査の結果から、A焼肉店が製造したキムチが感染源であった可能性が強く示唆された。しかし、以下の理由から、行政上、食中毒事件としての取り扱いはなされなかった。一つは医療機関が採取した患者便の細菌検査は民間検査機関へ外注される場合が多く、患者情報や菌株を保健所等が入手するまでに長期間を要するため、保健所が事件を探知・調査するまでに時間が経過して有益な物証を得ることができなかったこと、次に患者宅に保管されていたキムチもすでに開封されており、患者宅での汚染を否定できなかったことなどである。さらに、IS-printing法はパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法に比べて迅速に対応できる利点があったが、遺伝子解析手法として行政サイドの信頼を得るだけのデータ蓄積が十分ではなかったことも理由の一つと考えられる。

IS-printing法は、PFGE法に比べて迅速かつ簡便であること、得られる泳動結果の当該バンドの有無を「1」、「0」と数値で表記することにより菌株間の比較をしやすいことから(図2)、新たな疫学解析手段として、行政現場での即応に役立つものと思われる。今後、行政ニーズに即応できるよう標準化するためには、さらに精度を確保し、解析能を検証するために実績を重ねる必要がある。

大分県衛生環境研究センター微生物担当
緒方喜久代 若松正人 成松浩志 小河正雄
東部保健所 食品衛生・薬事班、検査担当

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る