1.EHEC O145:H- VT1集団感染
2009年8月31日、県内医療機関より、1歳児からEHEC O145:H- VT1が分離された旨の届出があった。保健所が調査した結果、初発児童の保育所では、8月初めから1歳児クラス全員が軟便、下痢等の症状を呈していたことが判明した。また、調査翌日から0歳児クラスにも有症者が現れたことから、保健所では初発児童の家族(5名)と0歳児、1歳児クラス全員(16名)、および職員(26名)について検便を実施した。菌分離用の培地は、医療機関から提供されたO145株を精査した結果からCT- ラフィノースマッコンキー寒天培地およびCT-ソルボースマッコンキー寒天培地を選択し、汎用のDHL寒天培地を含めた3種類で検査を行った。途中、新たに感染が確認された児童の家族32名を加え、合計79名(医療機関受診者を含め88名)を調査した結果、初発児童を含めた児童6名(有症者)とその家族5名(無症状保菌者、うち3名は2歳児以上のクラスで1歳児の兄弟)、および医療機関を受診した家族1名(無症状保菌者、同保育所2歳児クラス)の計12名からO145が分離された。
2.O145以外のEHEC感染事例
初発児童の家族については全員がO145陰性であったものの、兄からEHEC O157:H- VT1が分離された。また、O145が陽性となった児童のうち、1名(1歳児クラス)はEHEC O157:H- VT1も保菌していたことから、O157の重複感染を疑い再検査を実施したが、すべて陰性であった。
さらに、この調査の間にも、医療機関より2歳児クラスに在籍する児童からEHEC O111:H- VT1が分離された旨の連絡があった(検査の結果、本人を含む家族6名全員からO111を分離)。また、O145が陽性となった児童1名(1歳児クラス)についても、医療機関よりEHEC O111 VT1が同時に分離された旨の届出があった(表2)。
3.PFGEによるEHEC遺伝子の相同性
医療機関で分離されたO145、O111各1株を除くO145(11株)、O157(2株)、O111(6株)について、制限酵素Xba Iを用いたパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施し、Finger printing II(Dice)による解析を行った。その結果、O145については11株のうち10株が90%以上の相同性を示し、O111、O157のパターンはすべて一致した(図1)。
4.考 察
本事例は、初発の児童から分離された血清型以外にも複数のEHECが分離されるという興味ある事例であった。集団感染の原因となったO145は特別な鑑別培地がないため、このような事例では医療機関から原因株を早急に入手して菌の性状に合った培地を選択し、効率的に菌の検索を行うことが疫学調査には重要であることを改めて実感させられた。
保健所の聞き取り調査からも、当該保育所の1歳児クラスでは8月初旬から有症者が存在したことが確認されており、8月末に初発のEHEC感染児童が届出された時点では、既に2歳児以上のクラスにもO145の蔓延があったことが確認された。しかし、0歳児からは有症にもかかわらず菌が分離されず、このクラスに関しては詳細な原因の究明には至らなかった。
O111事例では、PFGEを行ったすべての株でパターンが一致していることから、家族内感染であったと考えられた。また、O145との重複感染で菌株が入手できなかった1名についても、保育所を介した感染の可能性が示唆された。一方、O157の分離されたO145初発児童の兄には当該保育所との直接の関係はなかったが、もう1名のO157罹患児童は初発児童と同じ1歳児クラスに属しており、PFGEの所見からも2人に何らかの接点があったことが推測された。
本事例、および本事例で判明したO111、O157事例ともに、感染した家族等の多くは無症状のまま感染環の一部を成しており、様々な血清型のEHECが兄弟や家族、友人関係等を通じて異なる集団に蔓延する過程に偶然遭遇していたものと想像される。保育所の所在地域は、県内でも有数のEHEC感染症多発地域であることを考えると、今後も同様な事例が起こる可能性は高い。EHEC感染症の好発時期には保育所職員と同様に保護者もこれらの状況を考慮し、児童の体調のみならず自己の健康管理にも注意を払うなど、EHEC感染症蔓延予防に対する意識をさらに高める必要があるものと考える。
宮城県保健環境センター微生物部
木村葉子 矢崎知子 高橋恵美 後藤郁男 畠山 敬 沖村容子
宮城県栗原保健所
齋藤俊介※1 吉田 愛 山内郁雄 加藤 潤※2 亀井幸子 櫻井恭仁 中川美智子
※1 現:宮城県仙台中央県税事務所
※2 現:宮城県塩釜保健所黒川支所