感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2009年
(Vol. 31 p. 170-172: 2010年6月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を3主徴とする症候群で、腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に引き続いて発症することが多い。2008年7月より国立感染症研究所感染症情報センターでは、感染症発生動向調査によって報告されたHUS発症例について、地方感染症情報センターや、各自治体感染症情報担当者に対して、随伴症状やHUS以外の合併症、転帰などの詳細な情報収集について協力を依頼してきた。2008年のHUS発症例に関しては、2009年5月の病原微生物検出情報にそのまとめを報告した1) 。今回、2009年のHUS症例に関してそのまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づき2009年(診断週が2009年第1〜53週)にはEHEC感染症は3,888例(有症状者2,607例)の報告があり、HUSの記載があったのは83例(有症状者のうち3.2%)で、2006年102例(同4.1%)、2007年129例(同4.2%)、2008年94例(同3.3%)と比較して、報告数は少なく、発症率もやや低かった。性別は男性31例、女性52例で女性が多かった。年齢は1〜89歳(中央値5歳)、年齢群別では0〜4歳が37例(45%)と最も多く、5〜9歳23例(28%)、10〜14歳10例(12%)、15〜64歳8例(同10%)、65歳以上5例(同6%)であった。発症者の8割以上が15歳未満の小児であり、うち0〜4歳が報告の半数近くを占める傾向は、過去3年と同様であった。また、HUS発症率(有症状者に占めるHUS発症例の割合)は、5〜9歳が5.8%で最も高かった(図1)。

EHEC診断方法と分離菌
診断方法は、菌の分離が55例(66%)、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが27例(33%)、便からのVero毒素検出のみが1例(1.2%)であった。菌が分離された55例の血清群・毒素型をみると、O157・VT1&2が27例、O157・VT2が19例、O157・VT不明3例、O121・VT2が3例、O111・VT1&2が1例、O165・VT2が1例、O157 VT1&2とVT2の両方を検出が1例であった。O157が計50例で、全体の91%を占め、毒素型だけでみると、VT2を含んだ菌株が計52例で、全体の95%を占めた。

感染状況と感染原因
感染状況として、散発(周囲にEHEC感染者なし)41例、家族内(家族にEHEC感染者あり)16例、集団発生内4例、調査中・不明22例であった。感染源・感染経路は、記載なしまたは不明の報告が多いが、32例(39%)は肉類の喫食があり、うち13例が生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)であった。生肉の喫食があった13例中11例は小児であった(0〜4歳3名、5〜9歳4名、10〜14歳4名)。感染経路として、患者との接触、家畜との接触による感染がそれぞれ1例ずつ報告されていた。

臨床経過(症状・合併症・治療)
EHEC感染症発生届出は、主な症状項目を選択する様式としている。届出時に選択された臨床症状について図2に示す。症状別には血便、腹痛の出現率が高く報告されている。合併症に関しては、問い合わせを行って追加情報の収集できた61例(回収率:61/83=73%)のうち、39例(39/61=64%)で合併症ありとの報告があった。合併症の内容は、腎障害(血尿、タンパク尿含む)15例(15/39 =38%)、中枢神経症状(意識障害、脳症、痙攣)10例(26%)、腸重積1例(3%)、腸閉塞1例(3%)、膵炎1例(3%)などであった。転帰に関しては53例(53/61=87%)で情報が得られ、そのうち9例(9/53=17%)で後遺症の報告があり、腎機能障害5例(5/9=56%)、蘇生後脳症1例(1/9=11%)などであった。死亡例は認められなかった。

治療に関しては、情報の得られた60例のうち、51例(51/60=85%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用されており、9例(9/60=15%)では全く使用されていなかった。これらのうちHUS発症日と抗菌薬開始日に関する情報があり、HUS発症前に抗菌薬が開始されていた29例の初回使用抗菌薬について図3に示す。抗菌薬別にはホスホマイシンが半数以上の症例で使用されていた。血液透析に関しては、情報の得られた59例のうち、19例(32%)で実施されていた。

考察・結論
今回のEHEC感染症の有症者におけるHUSの発症率は昨年とほぼ同等の3.2%で、従来の国外での報告よりも低い値となっていた2) 。これは人種や流行株の違い等によるものである可能性もあるが、現在のサーベイランスシステムでは、届出時にHUSを発症していなければ、HUS発症なしとして報告されている可能性があり、過小評価であるのかもしれない。症状に関しては、血便の発症率が約90%と、下痢、嘔吐など感染性腸炎で見られる一般的な症状の発症率よりも高く報告されていた。EHEC感染症の治療として、抗菌薬を使用すべきかどうかについては議論がある2) 。今回の調査では、多くの症例で抗菌薬が使用されていたが、抗菌薬投与がHUS発症に関連する因子であるかどうかは、HUSを発症していない症例での抗菌薬使用データがなく不明であった。

EHEC感染症は年間報告数4,000例前後と感染者数は多く、HUSに至った場合には腎不全などの重篤な合併症、後遺症を引き起こす可能性があり、公衆衛生的に重要な疾患である。今後の対策につなげていくためにも十分な情報収集が必要であり、今後もサーベイランスを中心とした調査を続ける必要があるが、より正確な情報を得るために、今後は調査項目や、調査上のHUSの定義などを見直していく必要があると思われた。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

 参考文献
1)齊藤剛仁,他, IASR 30: 122-123, 2009
2) Tarr PI, et al ., Lancet 365: 1073-1086, 2005

国立感染症研究所感染症情報センター
(担当:古宮伸洋 冨岡鉄平 齊藤剛仁 島田智恵 砂川富正 多田有希)

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