海外における多剤耐性アシネトバクターの分離状況
(Vol. 31 p. 196-197: 2010年7月号)

近年、世界中で多剤耐性アシネトバクターの急増が深刻な問題となっている。多剤耐性の定義は国によって少しずつ異なるが、治療薬としてよく用いられるピペラシリン/タゾバクタム、セフェピム、セフピロム等の第四世代セファロスポリン、カルバペネム、フルオロキノロン、アミノグリコシドなどの中から2種ないし3種以上の抗菌薬に耐性を示す株とされることが多い。アシネトバクター属の中でも、多剤耐性株の多くはAcinetobacter baumannii である。

1970年代頃までは臨床検体から分離されるアシネトバクターは多くの薬剤に感性であり、治療が容易であった。しかし、1990年代頃から耐性株が増加し始め、2000年頃からは臨床現場で用いられるほぼすべての薬剤に耐性を示す多剤耐性株が出現している。さらにここ数年間で、多剤耐性A. baumannii にも比較的効果があると考えられていたポリミキシン系薬剤(コリスチン、ポリミキシンB)に対する耐性を獲得した株も出現している。このような多剤耐性アシネトバクターには、もはや有効な薬剤がないのが現状である。

特に警戒されているのが、カルバペネム系薬剤(イミペネム、メロペネム)耐性株である。他系統の薬剤もほとんど効かない多剤耐性株が多いこと、アウトブレイクを起こした株の多くがカルバペネム耐性であることが主な理由である。アシネトバクターのカルバペネム耐性率は年々上昇しており、例えば、韓国では1997年には1%であったのが、2004年には17%と報告されている。2007年のMYSTIC(Meropenem Yearly Susceptibility Test Information Collection)によると、ヨーロッパではメロペネム感性率は74.1%、イミペネム感性率は78.9%であった。アジアではさらに耐性化が進んでおり、2006〜2007年のSENTRY(SENTRY Antimicrobial Surveillance Program)の調査では、メロペネム、イミペネム感性率はそれぞれ51.3%、52.0%であった。カルバペネム耐性は、Amberの分類でクラスDに属する OXA-type β-ラクタマーゼ産生によるものが多い。A. baumannii の染色体上には、多くの場合bla OXA-51-like遺伝子が存在している。この遺伝子には、その発現に必要なプロモーターが無く、元来、OXA-51-like β-ラクタマーゼは産生されないが、この遺伝子の上流に、プロモーター活性を有する挿入遺伝子領域(ISAba1 )を獲得した株はOXA-51-like β-ラクタマーゼを産生するようになる。耐性株の多くは、OXA-51-likeに加えて獲得型OXA-type β-ラクタマーゼ(OXA-23-like、OXA-58-like、OXA-24/40-like)を産生するが、その分布は地域によって偏りが見られる。OXA-23-like産生株は、特にアジア(中国、韓国、台湾、香港、タイなど)に多い。OXA-58-like産生株は、主にヨーロッパに、OXA-24/40-like産生株はイベリア半島やアメリカに多い。また、OXA-typeに比べると稀ではあるが、アジアやラテンアメリカでメタロ-β-ラクタマーゼ(クラスB;VIM、IMP、SIM-types)産生株も報告されている。わが国でもIMP-1型A. baumannii の分離例がある。

A. baumannii には、世界的流行株が存在する。2000年頃からヨーロッパで流行したEuropean clone I、European clone IIの系統株が、現在では世界中に広まっている。7つの遺伝子(gltA gyrB gdhB recA cpn60 gpi rpoD )配列を基に分類したmulti locus sequence typing(MLST)法のデータベース(http://pubmlst.org/abaumannii/)には、2010年6月15日現在で147種のsequence type(ST)、266株が登録されている()。の円の大きさは各STの株数を反映しており、直線で結ばれたSTは近縁株であることを示す。登録株数が最も多いST92とその類縁株(clonal complex 92; CC92)はEuropean clone II系統の株であり、スペイン、イギリス、オランダ、ドイツ、イタリア、チェコ、ポルトガル、タイ、中国、韓国、オーストラリア、アメリカで分離されている。CC92には多剤耐性株も多く、最も注意の必要なA. baumannii と思われる。

多剤耐性アシネトバクターは、ここ10年程の間に急速に増加しており、院内感染の起因菌の中でも特に注意が必要となっている。日本では多剤耐性アシネトバクターはまだ少ないものの、我々は世界流行株とされるST92の存在を報告している。今後の流行も危惧されることから、より一層の監視が必要である。

 参考文献
1) Zarrilli R, et al ., J Infect Dev Ctries 3:335-341, 2009
2) Mendes RE, et al ., J Antimicrob Chemother 63: 55-59, 2009
3) Turner PJ, Diagn Microbiol Infect Dis 63: 217-222, 2009
4) Acinetobacter baumannii MLST Database :
 http://pubmlst.org/abaumannii/

国立感染症研究所細菌第二部 松井真理 荒川宜親

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