症 例
59歳、男性。2010年、アラブ首長国連邦での事故により、両下肢、会陰部、尿道等における外傷のために外科手術が施行された。事故の22日後(入院1日目とする)に愛知医科大学病院に転院搬送され、集中治療室(ICU)管理となった。呼吸管理は、気管切開孔より室内気で酸素化に問題は認めなかった。
前医によって行われた培養検査でAcinetobacter 属菌株が検出され、タゾバクタム/ピペラシリン(TAZ/PIPC)、コリスチン、アミカシンなどの抗菌薬が投与されていた。ICU入室後、エンピリックにドリペネム(DRPM)使用を開始した。入院14日目に植皮術を施行し、入院15日目にICUを退室した。入院時、大腿創部より、Acinetobacter baumannii (1+)、Pseudomonas aeruginosa (1+)、Staphylococcus hominis (メチシリン耐性コアグラーゼ陰性Stapylococcus , MRCNS) (1+)、Klebsiella pneumoniae (extended-spectrum β-lactamase産生菌株)(1+)が検出された。当院に入院時に検出されたA. baumannii 菌株は、β-ラクタム系薬(SBTPC、CEZ、CTM、SBT/CPZ、CAZ、CTRX、CZOP、CFPN)、カルバペネム系薬(IPM)、キノロン系薬(LVFX)、その他の抗菌薬(FOM、ST)に耐性を示した(微量液体希釈法)。ABK(アルベカシン)の感受性は、KBディスク法®でS、自動同定機器ライサス®でのMIC 2μg/mlであった。BCプレート栄研MDRP用®プレートを用いたチェッカーボード法では、CL(コリスチン)+MEPM(メロペネム)、CL+ CAZ(セフタジジム)、CL+ AZT(アズトレオナム)、CL+ CPFX(シプロフロキサシン)、CL+ RFP(リファンピシン)のすべての濃度、および、CL(1) + AZT (16)、REF(4)+ CAZ(16)、REF(4) + AZT (16)に発育阻止を認めた。
耐性Acinetobacter 属感染に対する治療薬選択は、薬剤感受性結果、BCプレート結果、抗菌活性などを総合的に考慮し、入院17日目にDRPMを中止し、ABK使用を開始した。また、入院14日目から開始したF-FLCZは継続投与とした。
Acinetobacter 属分離菌株のABK感受性(表1)は、入院2日目検出株は2μg/ml、入院10日目検出株は4μg/mlであったが、創部感染徴候は消失傾向にあり、全身状態良好であったため、入院19日目ではABK使用を継続した。入院40日目にはMIC>32μg/mlの株が検出されたため、入院49日目(ABK投与開始33日目)にはABKを中止した。検出されるA. baumannii の菌量は大幅に減少し、直近(入院3カ月半後)に検出されたA. baumannii (2+)菌株の薬剤感受性は、入院時と同様にβ-ラクタム系薬(SBTPC、CEZ、CTM、SBT/CPZ、CAZ、CTRX、CZOP、CFPN)、カルバペネム系薬(IPM)、キノロン系薬(LVFX)、その他の抗菌薬(FOM、ST)に耐性を示したままであるが、ABKのMICは16μg/mlであった。
考 察
Acinetobacter 属の多剤耐性化は、世界的にも、最近20年くらいの間に急激に進んでおり、報告されている耐性機序の種類は、多剤耐性緑膿菌と同様である。特に、最近日本で検出される多剤耐性Acinetobacter 属は、外国から流入してきた菌株と考えられることが多く、実際に、我々が経験した症例もアラブ首長国連邦由来であった。耐性菌の検出が多い地域からの帰国者に認められた感染症の治療にあたっては、耐性菌を考慮するだけではなく、このような菌の施設内伝播の可能性に注意し1)、患者や家族に十分説明して同意を得た上で、標準予防策、接触予防策などを厳格に実施する必要がある。
近年、臨床から分離された多剤耐性A. baumannii 株に、各種のβ-ラクタマーゼ、種々のアミノグリコシド修飾酵素、テトラサイクリン排出ポンプなど多くの抗菌薬耐性遺伝子を含む86kbのAbaR1 resistance island(耐性領域)が同定され注目されている2) 。このresistance islandは、転位性遺伝要素であるトランスポゾンを構成していることも判明している2) 。トランスポゾンの多くは、染色体の他の部分に転移できるとともに、多剤耐性遺伝子集積機構であるインテグロン構造を含んでいるため、臨床現場における抗菌薬の不適切な使用がこれらの可動性遺伝子の選択と伝播を招く可能性も指摘されている3) 。さらに、Acinetobacter 属のように環境に定着しやすい細菌では、環境菌を介し、他の菌種へ耐性が伝搬する耐性遺伝子リザーバーになりうる危険性も含んでいる。Karageorgopoulos DEら4) が、指摘しているように、多剤耐性Acinetobacter 属が、医療関連感染対策において新たな脅威となる可能性は高いため、今後の動向に注意が必要である。
参考文献
1) Fournier PE, Richet H,Clin Infect Dis 42:692-699, 2006
2) Fournier PE, et al .,PLoS Genet 2: e7, 2006
3) Giamarellou H, et al ., Int J Antimicrob Agents 32: 106-119, 2008
4) Karageorgopoulos DE, Falagas ME,Lancet Infect Dis 8: 751-762, 2008
愛知医科大学病院感染制御部 山岸由佳 三鴨廣繁