厚生労働省院内感染対策サーベイランス検査部門データを用いた多剤耐性アシネトバクターの国内分離状況
(Vol. 31 p. 201-202: 2010年7月号)
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厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)1)は全国の 200床以上の病院を対象としたサーベイランスで、2000年7月から事業が始まり、2007年7月からそれまで行ってきたサーベイランスの結果をもとに、情報還元の迅速化、自施設での薬剤耐性菌や院内感染症の発生頻度のトレンド、全参加医療機関のデータと自施設データとの比較ができるシステムが採用され、現在に至っている。JANIS検査部門は細菌検査室に培養検査として提出されたすべての検体を対象とし、臨床で頻繁に分離される菌種や、わが国で問題となっている耐性菌などを対象として解析を行っている。アシネトバクター属については2009年4月から、多剤耐性アシネトバクター(アシネトバクター属と報告され、かつカルバペネム、アミノグリコシド、フルオロキノロンの3系統の抗菌薬に耐性を示す株と定義)については2007年7月から解析を行い、参加医療機関へのデータの還元を行っている。

JANIS検査部門のデータは前述したように細菌検査室に提出されたすべての培養検体を対象としているため、わが国における様々な耐性菌の分離頻度を算出することができる。ただし菌種によっては、多くの医療機関に導入される細菌同定のための自動検査装置が生化学性状によって、菌種を同定するシステムであるために、正確な同定が難しい。諸外国で多剤耐性化が進行し問題となっているアシネトバクター属はAcinetobacter baumanniiであり、この菌種の分離率や耐性率も調べることも可能であるが、アシネトバクター属は細菌同定のための自動検査装置では、A. baumannii Acinetobacter calcoaceticus Acinetobacter genomic species 13TU、Acinetobacter genomic species 3の4菌種を区別することができない。我々の研究から日本の医療機関で分離され、細菌同定のための自動検査装置でA. baumannii と同定された菌の中で真のA. baumannii の割合は3割程度であることが明らかとなっており、JANIS検査部門のデータとして報告されたA. baumannii の分離数は真の値よりも高くなると考えられ、以下のデータの解釈には注意を要する。

JANIS検査部門の2007年7月〜2009年12月データを用いてアシネトバクター属(A. baumannii A. calcoaceticusA. lwoffii Acinetobacter sp.)の検出状況、多剤耐性アシネトバクターの割合、多剤耐性アシネトバクターが分離された患者の特徴について解析を行った。JANIS検査部門の対象医療機関から報告された全菌株数は、2007年7月〜12月538,688株、2008年1,314,365株、2009年1,365,767株、合計3,218,820株で、この中でアシネトバクター属の占める割合は2.2%であった。アシネトバクター属の中でA. baumannii と報告された菌株が最も多く、アシネトバクター属の約60%を占めていた。次に報告されたアシネトバクター属の中で、多剤耐性アシネトバクターと判定された菌株は71,657株中98株(0.14%)で、約半数はA. baumannii と報告された菌株であった(本号1ページ特集表1参照)。多剤耐性アシネトバクターは9割が入院患者から分離されていた。男女比は6:4でやや男性から分離された株の報告が多く、分離された患者の年齢分布は0〜98歳と幅広い分布を示したが、年齢の中央値は72歳であった。分離された検体は呼吸器系検体(51.0%)および尿(23.5%)が多くを占めた(表1)。

近年、国内の病院において、多剤耐性アシネトバクターの院内感染事例が散見されるようになった。今回、対象期間が2年半と短期間であるが、JANIS検査部門データを解析した結果、この期間中の分離頻度の急激な増加などは認められない。また、わが国の医療機関で分離されるアシネトバクター属の中で、多剤耐性アシネトバクターの占める割合は非常に低いことが明らかになった。

今後も全国レベルのサーベイランスシステムであるJANISを持続することによって、わが国における多剤耐性アシネトバクターを含めた、薬剤耐性菌の動向を監視してゆく必要がある。また、現状の細菌同定のための自動検査装置ではもっとも臨床的に問題となるA. baumannii が正確に同定できないことから、同菌の正確な同定方法の開発を進める必要がある。

1)厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業ホームページ、  http://www.nih-janis.jp/

国立感染症研究所細菌第二部 山根一和 松井真理 鈴木里和 荒川宜親
厚生労働省院内感染対策サーベイランス事務局 山岸拓也 筒井敦子

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