山形県でと畜された軽種馬の肝臓から高率に検出されたエキノコックス(多包虫)
(Vol. 31 p. 210-212: 2010年7月号)

2007年9月26日、米沢市営と畜場へ搬入された馬の内臓を検査した際、肝臓に合わせて20数個もの灰白色硬結節(Ø1〜25mm)を認め、病理組織学的および遺伝子検査により精査したところ、エキノコックス(多包虫)症であることが明らかとなった。これは、同症の有病地である北海道以外のと畜場において、初めて検出された馬のエキノコックス症と思われた。同と畜場では、それまでにも馬の肝臓でこれに類似した病変を散見していたが、主に線虫類による寄生虫性結節と診断してきた。そこでこの発見を機に、馬の肝臓病変に注目し、詳細な検討を試みることとした。その結果、同と畜場において検査を実施した馬の約20%もの肝臓に、エキノコックス感染を確認するに至った1) 。その概略と馬での本症検出の意義について報告する。

当該と畜場において、2007年10月からの1年間に搬入された馬は 218頭(サラブレッド 217、ポニー1)で、そのうち78頭の肝臓に結節病変を認めた。これらの病変部を採取し、各結節は可能な限り二分割して、一方を病理組織学的検査のためにホルマリン固定、他方は病因の遺伝子検査のために−20℃で保存した。病理組織学的検査の結果、78頭中17頭の結節病変は、線虫断端を伴う寄生虫性肝炎、間質性肝炎、肝嚢胞、肝膿瘍であった。78頭中61頭の結節は、周囲を結合組織に被われた石灰化を伴う肉芽組織で、炎症性細胞の浸潤や壊死が見られ、そのうち27頭の結節内にエキノコックスに特有なPAS陽性のクチクラ層が確認された。遺伝子検査は、八木らの方法2) に従いPCR-RFLPを実施したところ、PAS陽性クチクラ層を確認できなかった検体のうち、14頭からもエキノコックス(多包虫)のパターンが得られた。これら陽性サンプルのPCR産物を用い塩基配列を解読して比較すると、いずれも北海道由来エキノコックスのものと完全に一致した。以上により、組織検査で標本中にPAS陽性クチクラ層を認めた27頭と、遺伝子検査で陽性であった14頭の合計41頭をエキノコックス症と診断した。感染率は18.8%(41/218)となる。陽性の41頭はすべてサラブレッドで、内訳は雄8頭、雌33頭、年齢は4〜9歳であった。41頭中25頭に関しては、聞き取り調査により北海道での飼養歴を確認できたが、他の16頭については、複数の家畜商を介してと畜場に持ち込まれたためにその確認はできなかった。

ヒトのエキノコックス症は、感染症法(1999年施行)で全数把握疾患の4類感染症に指定されている。また2004年の同法の一部改正により、犬のエキノコックス症発生例についても獣医師による届出が義務付けられた。犬は、狐に次ぐ好適な終宿主であり、エキノコックス成虫を腸管に寄生させ、糞便とともに虫卵を排出することでヒトへの直接的な感染源となるからである。これに対して、馬や豚など有蹄家畜は、エキノコックスの生活環ではヒトと同様に中間宿主として位置付けられる。従って、馬の内臓に寄生したエキノコックスを仮に摂食したとしてもヒトがエキノコックスに感染することはない。国内で馬の感染例が最初に発見されたのは1983年で、北海道網走管内の東藻琴においてであった3) 。同地域では、このとき既に豚での感染例が発見されており4) 、ともに多包虫の自然感染例としては世界で初めての報告となった。豚は生産地でのエキノコックス流行状況を示す指標として極めて有用であり、1985年以後の北海道では分布拡大のモニター法として実際に用いられた。北海道でのエキノコックスの動物間流行は、1990年頃に感染狐の分布域が道東から全道へと拡大し、そして1995年以後、全道的に狐の感染率が、それまでの10%台から30%以上というレベルに上昇したことで特徴づけられている5) 。豚のエキノコックス症は、北海道のと畜場では現在までに3万頭を超える検出実績(平均検出率0.1%)がある6) 。豚の検査が、当該地域においてエキノコックスの伝播と生活環の定着が起きたかどうかの判定に重要な情報を提供することは、最近、青森県からの報告でも明らかにされた7) 。

馬のエキノコックス(多包虫)症に関しては、豚のそれに比較して検出および報告例が少ない。即ち、1983〜2008年に、北海道各地においてと畜検査された馬19,957頭からの30頭(平均検出率0.2%)6) と、1991年に、R大学での病理解剖によって診断された日高産競走馬の事故死例 8)のみである。従って今回、と畜検査対象馬の中で約20%という高い感染率が示されたという事実は極めて重要である。日本軽種馬登録協会によれば、毎年日本で生産されているサラブレッドは 8,000〜7,400頭で、近年減少の傾向にあるが、その95%が北海道の日高と胆振地方で繁殖・育成されている9) 。北海道でのエキノコックスの流行状況を考えると、日高・胆振地方では1995年以後に高度流行地となり、これらの地域の牧場を含む軽種馬の生育環境でも、エキノコックスの虫卵汚染が進行したと推定される。従って、今回のエキノコックス感染馬41頭のうち、生育歴が確認されなかった16頭に関してもこの地域との関連性は否定できない。馬の生育地でのエキノコックス感染率の上昇は、それに携わるヒトでの感染危険性の増加をも示すことから、飼養条件に即した具体的な感染源対策を講ずることが重要と思われる。今後、全国のと畜場においても同様な検査が実施されれば、わが国の馬でのエキノコックス感染状況の全体像が明らかになると思われる。エキノコックス症の発生防止の立場からは、多包虫シストを含む可能性のある生肝臓等の処理を十分に行って、犬等へのエキノコックス感染を防止することが、ヒトへの感染域の拡大防止のために非常に重要である。なお、犬のエキノコックス症を診断した獣医師からは感染症法に基づく届出がなされるので、今後の発生動向にも留意する必要があろう。

 参考文献
1)後藤芳恵,他,山形県獣医師会報 139: 6-7, 2009
2)八木欣平,他,北海道立衛生研究所報 49:163-166, 1999
3) Miyauchi T, et al ., Jpn J Vet Res 32: 171-173, 1984
4) Sakui M, et al ., Jpn J Parasitol 33: 291-294, 1984
5)木村浩男,他,IASR 20: 3-4, 1999
6)北海道保健医療局
 http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/kak/she/syokuniku/ekino.html
7)木村政明、他、IASR 30: 243-244, 2009
8) Kaji Y, et al ., J Vet Med Sci, 55: 869-870, 1993
9)日本軽種馬登録協会
 http://www.studbook.jp/ja/Tokei_template.php

山形県内陸食肉衛生検査所
後藤芳恵* 佐藤 和 矢作一枝 小松 修 保科 仁 安孫子千恵子**
 *現山形県置賜保健所
 **現山形県衛生研究所
国立感染症研究所寄生動物部 山崎 浩 川中正憲

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