ペットとして飼養されているアライグマのアライグマ回虫に関する調査
(Vol. 31 p. 212-213: 2010年7月号)

アライグマ回虫(Baylisascaris procyonis )は、本来の終宿主であるアライグマ以外の動物やヒトに対して致死的な幼虫移行症を引き起すことで知られている。本種寄生虫は、アライグマの原産地である北米大陸では成獣で70%、幼獣では90%に寄生しているとされ、米国では1980年以後、4人の死亡例を含む10例以上の重篤な神経幼虫移行症が報告された1) 。近年、わが国において、北米から移入されたアライグマの野生化が深刻な問題となっている2) 。そのためアライグマは、2005年に施行された外来生物法により「特定外来生物」に指定され、全国各地で駆除作業が実施されている一方で、この寄生虫による幼虫移行症の発生を未然に防止する対策も必要となっている。現在のところ、これらの「野生アライグマ」から、アライグマ回虫の寄生例は確認されていない3,4) 。しかしながら、展示施設などでの飼養個体に少なからず陽性例が確認されている5,6,7) 。外来生物法では、アライグマの飼養、保管、運搬を原則として禁止しているが、学術研究、展示、教育、生業の維持等の目的で行うときは主務大臣の許可を得ることで飼養は可能となっている。また、愛玩目的での飼養は禁止されたが、移行措置としてこの法律で規制される前から飼養している場合は、申請によりその個体に限って定められた条件で飼養し続けることが許可されている。は、環境省自然環境局野生生物課外来生物対策室より個人情報の保護を条件として提供されたリストに基づいて、全国の飼養アライグマの届出状況を示したものである。さらに同外来生物対策室の協力を得て、今回は、ペットアライグマの飼養者に対しアライグマ回虫に関する調査を実施したのでその結果を報告する。

に示された愛玩目的の飼養者に対し、次のような内容のアンケート調査を実施した。即ち(1)アライグマの入手経路、(2)アライグマ回虫の危険性認識の有無、(3)糞便検査実施経験の有無、などである。そして、検査を希望する飼養者宛に採便管を送り、提供されたサンプルを対象に、ホルマリン・エーテル法により糞便検査を実施した。また、アンケート用紙には、当部で作成したパンフレット「恐ろしいアライグマ回虫の幼虫移行症」を同封し、この問題への啓発に努めた。

アンケート調査の対象となった127件中、回答が得られたのは97件(76.3%)で、その内容は次の通りであった。(1)入手経路については、ペット商を通じて購入:19、ペットだったものを知り合いから譲渡:9、野外か家屋内で捕獲されたものを飼育:17、その他(動物園、警察、愛護団体等により委託):15、記入なし:39、(2)アライグマ回虫の危険性については、認識有り:23、認識無し:39、記入なし:35、(3)糞便検査については、実施済み:21、実施せず:39、記入なし:37であった。回答が得られた97件中、26件(31頭)は、既にアライグマは死亡していた。また、検査を希望した40件の飼養者に採便管を送付したところ、提供されたサンプルは49頭分あり、糞便検査の結果はすべてが陰性であった。検査を希望しなかった36件のうち、5件(5頭)は既検査での陰性を理由とした。即ち、今回の調査によって、アライグマの死亡とアライグマ回虫が陰性であることを確認できたのは、調査対象127件(219頭)中、71件(85頭)であった。

宮下5) は1992年の時点で、国内アライグマのアライグマ回虫の寄生状況について、動物業者飼養37頭とペット飼養39頭を調べ、合わせて6頭(7.7%)の陽性例を検出した。その後、1999年の狂犬病予防法施行令によりアライグマも本法の適用対象動物とされて、新規輸入のアライグマがペットとして売買される状況は途絶えた。今回のアンケート調査では、アライグマの入手経路についてペットとして購入あるいは譲渡されたとする回答者は、合わせても30%(28/97)程度に止まっている。その他は、国内で野外捕獲されて何らかのルートを通じてペットとなったものが多く含まれていた。野外捕獲アライグマのアライグマ回虫検査は、全国的に実施されてきているが、幸いにして現在までのところ陽性例は全く見出されていない。諸外国における野生アライグマでの高いアライグマ回虫寄生率を考えると、わが国でのこの事態は、正に僥倖とでもいうべき状況であると思われる。今回のペットアライグマの調査では、アライグマ回虫寄生の存否が未確認となった個体が少なからず残された。また、展示施設等において飼育されているアライグマの一部においては、現在もアライグマ回虫が存在するような可能性も否定できない。従って、万が一感染が確認された場合には、当該アライグマへの治療(駆虫)とともに、飼育者や施設外の動物への感染防止といった適切な飼育管理が重要であり、引き続き実態把握に努めていく必要がある。なお「動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン2003」において、アライグマに寄生するアライグマ回虫の検査等のガイドラインが示されている8) 。

 参考文献
1) Sorvillo F, et al ., Emerg Infect Dis 8: 355-359, 2002
2)環境省自然環境局生物多様性センター,平成19年3月
 http://www.biodic.go.jp/reports2/7th/araiguma/araiguma.pdf
3)川中正憲,他,Clin Parasitol 12: 121-124, 2001
4)川中正憲,他,Clin Parasitol 17: 56-59, 2006
5)宮下実,生活衛生 37: 35-49, 1993
6) Sato H, et al ., Parasitol Int 51: 105-108, 2002
7)川中正憲、他、IASR 23: 202-203, 2002
8)厚生労働省健康局結核感染症課,平成15年4月
 http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/down/1dog/1dog_h.pdf

国立感染症研究所寄生動物部
川中正憲 山崎 浩 杉山 広 森嶋康之 荒川京子

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