HIV対策−大阪府の現状と公衛研の取り組み
(Vol. 31 p. 228-229: 2010年8月号)

大阪府の現状
(1) 大阪府の発生動向
厚生労働省エイズ発生動向年報1) によると、感染症発生動向調査における新規のHIV感染症報告数とエイズ報告数は毎年増加しており、全都道府県で最も報告数が多いのは東京都(543件)次いで大阪府(238件)であるが、大阪府は東京都の2分の1以下である。

しかしながら、過去5年間の増加率は東京都が151%(2003年359件、2008年543件)であるのに対し、大阪府は248%(2003年96件、2008年238件)と、大阪府の方が高く、また「いきなりエイズ率(エイズ報告数/HIV感染症報告数とエイズ報告数の合計)」も東京都の17.6%に対し大阪府は21.4%と、約4ポイントも高く、かつ上昇傾向にある。さらに献血者10万人当たりのHIV陽性献血者数は2004年以降大阪府が東京都を絶えず上回っている2) 。これらのことは、大阪府では感染拡大が著しく、潜在的な感染者が少なくないことを示唆している。

大阪府内のHIV感染症・エイズの報告数を感染経路別に分けると、同性間性的接触による感染の増加が著しく、全体の7割以上を占める(2008年172件)。異性間性的接触の報告の中には、自身のセクシュアリティを明らかにすることを避けるため、異性間性的接触と申告したMSM(men who have sex with men)も少なからず含まれることを考えると、現在府内においてHIV感染症はMSMを中心に同性間性的接触によって拡大しているといっても過言ではない状況である。

(2) 府内のMSMにおける流行状況
大阪府内に居住するMSMの割合は低く見積っても成人男性の2.0%と推定される3) 。府内の20〜59歳の日本人男性は2,322,843名(2005年統計値)であるので、府内に居住する20〜59歳のMSMは約46,000名と推計され、大阪府内のMSMのHIV感染率は推定4〜5%なので3) 、MSMのHIV感染者は約 2,000名と算出できる。一方、2008年末までに大阪府内で同性間性的接触を感染経路として報告のあったHIV感染症・エイズ報告数の累計は936名であることより、約1,000名のMSMがいまだ自身の感染に気がついておらず、4万人以上の非感染MSMが感染のリスクにさらされている状況と考えられる(図1)。

(3) 府内MSMの受検傾向
HIV抗体検査を受検したMSMの年齢構成※1と、感染経路が同性間性的接触であるHIV感染症の報告例※2の年齢構成、同エイズ報告例の年齢構成を比較した4) (図2)。HIV感染症はたいていの場合、自発的な抗体検査で判明するので、抗体検査を受検したMSMとHIV感染症と報告されるMSMは年齢構成が似通っており、30代以下で全体の約8割を占めていることが分かる。一方、エイズ報告例の年齢構成は40代以上の年齢層が占める割合が高くなっている。つまり、40代以上のMSMにおいては、自発的にHIV検査を受ける人が少なく、そのためHIV感染に気がつかずエイズ発症にまで至ってしまう人の割合が高いといえる。

大阪府立公衆衛生研究所の取り組み
MSMの医療環境の改善に向けたMSMを対象としたHIV検査の実施
我々は、増加し続ける同性間性的接触による感染拡大を少しでも減少させる目的で、MSMを対象にHIV/性感染症(STI)の予防啓発を行っているCBO(community based organization)であるMASH大阪と連携し、MSM向けHIV対策の研究を行っている。具体的には「エイズ予防のための戦略研究(主任研究者:木村哲、研究リーダー:市川誠一、http://www.jfap.or.jp/strategic_study/index.html)」の一環として、大阪府内にゲイ・バイセクシュアル男性が受診しやすい診療所を開拓することを目的に、府内複数の診療所の協力を得て、MSMを対象としたSTI検査キャンペーンを展開している。その方法について簡単に述べると、MASH大阪がMSMに絞ってキャンペーンの広報を行い、その広報に触れたMSMが協力診療所においてSTI検査(HIV、梅毒、HBV、HCV、クラミジア)を受検するというものである(http://www.dista.be/kensa/)。スクリーニング検査でHIV陽性が判明した場合、当所で確認検査を行い、陽性の場合は地域のエイズ診療拠点病院を紹介すると同時に、同じく戦略研究で実施している陽性者サポートプログラム(サポートプロジェクト関西、http://www.posp.jp/)を紹介している※3。HIV以外のSTIの感染が明らかになった場合には、診療所で治療が行える疾患に関しては治療を行い、そうでないものは他の専門医療機関を紹介するようにしている。本キャンペーンは2007年度より開始し、戦略研究が終了する本年末で終了するが、これまで保健所等のHIV検査と比較して、非常に高い陽性率でHIV陽性者を見出し、医療に繋げてきた。戦略研究終了後は、個別施策層向けHIV対策のモデルとして提示できるよう、方法等をさらに詳細に検討していきたいと考えている。

最後に
ここ数年で大阪府内のHIV感染者の報告数は急増したが、その大部分は30代以下の若い年齢層であることから、40代以上のMSMにはいまだHIV感染に気がついていない人が相当数存在することが推測され、今後数年の間にそのうちの多くがエイズを発症してから見つかる可能性がある。これらの年齢層を含め、HIV検査を積極的に受検していないMSMにも検査を受けてもらえるよう、今後もCBOと協働し、検査体制や広報を検討して、大阪府内のMSMのセクシュアルヘルスの向上と、HIV感染拡大の阻止に努めたい。また、大阪府では他地域と比べ先行して起こっているMSMにおける感染拡大を、保健所の抗体検査に依存したこれまでのやり方では防げなかったが、他の地方自治体においてはこの事実を重くとらえ、地域のCBOと協働するなどして検査体制や予防啓発の方法を積極的に見直し、感染が拡大する前により実効性のあるHIV対策へ変革していただけるよう願ってやまない。

※1 抗体検査受検者の年齢構成は、2004〜2008年までの土曜日常設HIV検査を受検したMSMの年齢構成を参考文献3) より引用した。
※2 同性間性的接触によるHIV感染症・エイズ報告数のうち、2004〜2008年の集計の年齢構成。
※3 陽性者サポートプログラムの紹介は、MSM向け検査キャンペーンにおけるHIV陽性者のみにとどまらず、当所の確認検査においてHIV陽性が判明したすべての陽性者に対して、医療機関・保健所への確認検査報告書に同封することで行っている。

 参考文献
1)厚生労働省エイズ動向委員会,平成20年エイズ発生動向年報,平成21年6月17日
2)加藤真吾,厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業,HIV検査相談体制の充実と活用に関する研究,平成21年度研究報告書,平成22年3月
3)市川誠一,厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業,男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究,平成21年度総括・分担研究報告書, 平成22年3月
4)大阪府健康医療部保健医療室,大阪府におけるエイズ発生動向(2008年1月1日〜12月31日),平成21年8月

大阪府立公衆衛生研究所感染症部ウイルス課 川畑拓也

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