産婦人科全国調査と小児科全国調査を合体した統合データベース*により、転帰の判明したHIV感染妊婦による642例の妊娠の経過を図に示す。2006年の55例をピークにHIV感染妊娠の報告は減少傾向にある。まだ転帰の判明していない2009年症例は19例と減少している。国籍をみると日本が約半数を占め、パートナーの国籍も日本が半数以上となり、日本人同士のカップルが増加傾向にある。
現在までに得られた疫学的・臨床的情報をもとに、わが国独自のHIV母子感染予防対策(1)妊娠早期のHIVスクリーニング検査による感染の診断、(2)多剤併用療法(HAART)による抗ウイルス薬療法、(3)陣痛発来前の選択的帝王切開術による分娩、(4)帝王切開時のAZT点滴投与、(5)出生児へのAZTシロップの予防投与、(6)児への人工栄養が提唱**されてきた。
妊婦におけるHIVスクリーニング検査実施率は、1999(平成11)年の73.2%から2009(平成21)年には99.6%と上昇した。2010(平成22)年4月からは、妊婦検診における公的補助の対象に組み入れられた。今後は未受診妊婦を除きほぼ全例でHIVスクリーニング検査が実施されることになる。私どもが行った調査では、HIVスクリーニング検査陽性であっても、偽陽性である可能性がとても高く、HIVスクリーニング検査の陽性的中率(検査で陽性であった場合に真に陽性である確率)は極めて低いということが判明しているので、妊婦に検査結果を伝えるには慎重を期す必要がある。詳細は「HIV母子感染予防対策マニュアル」**を参照されたい。最近、妊婦HIV検査の新たな方法(以降、妊婦HIV検査栃木方式)が試行されている。妊婦HIV検査栃木方式は2段階で、初回の採血の際に抗原抗体検査陽性者に対する確認検査用の検体も同時に採取する。抗原抗体反応検査が陽性であった検体は自動的に確認試験を行い、真のHIV感染者に最終的な結果報告がなされる。そのため偽陽性妊婦に対する「再採血」とその「理由説明」が不要となる。試行結果の集積が待たれるところである。
妊婦に対する抗ウイルス療法は、現在では、薬剤耐性の観点よりHIV感染者には原則的にHAARTが施行されている。HIV感染妊婦に対してもZDV単剤療法ではなく、児に対する安全性への懸念はあるもののHAART が施行されている。開始時期は、器官形成期を避けて妊娠14週からとすることが原則とされている。最近では、ZDV+3TC+LPV/RTVのレジメンが多数を占めている。
産婦人科全国調査と小児科全国調査を合体した統合データベースからHIV母子感染率を表に示した。全分娩数425例からバイアスのかかったものを除いた352例で検討すると、(1)薬剤投与あり+選択的帝切分娩、(2)薬剤投与なし+選択的帝切分娩、(3)薬剤投与あり+経腟分娩、(4)薬剤投与なし+経腟分娩の各群の母子感染率は、それぞれ1%、4.2%、0%、36.0%であった。2000年以降の228例では85.5%の例で抗ウイルス薬が投与され、しかもほとんどがHAARTであることから、(1)薬剤投与あり+選択的帝切分娩群と(3)薬剤投与あり+経腟分娩群の母子感染率はともに0%であった。わが国では選択的帝王切開が推奨されてきたので選択される場合が多く、80〜90%に及ぶ。経膣分娩数は極端に少ないが、HAART導入下では分娩様式で母子感染率に差はない可能性がある。
最近では妊娠初期のHIV検査では陰性だったのに後期にHIV感染が疑われる症例も報告されている。充分なHIV母子感染予防対策が取られなかった場合や、小児の問題など課題が残されている。
*平成21年度厚生労働省エイズ対策研究事業「HIV感染妊婦とその出生児の調査・解析および診療・支援体制の整備に関する総合的研究」班(主任研究者:和田祐一)、妊婦HIV検査実施率およびHIV感染妊婦とその出生児の動向に関する全国調査(分担研究者:吉野直人)、HIV感染女性から出生した子どもの実態調査と子どもの健康と発達支援(分担研究者:外川正生)、HIV感染妊婦とその出生児に関するデータベースの構築およびHIV感染妊婦の疫学的・臨床的情報解析(分担研究者:喜多恒和)
**「HIV母子感染予防対策マニュアル第5版」(分担研究者:塚原優己)エイズ予防情報ネット
http://api-net.jfap.or.jp/library/guideLine/boshi/index.html
三重県立総合医療センター産婦人科 谷口晴記