本邦におけるHIV-2の疫学動向と新たな組換え流行株CRF01_ABの同定
(Vol. 31 p. 232-233: 2010年8月号)

1.はじめに
ヒト免疫不全ウイルス2型(human immunodeficien-cy virus type 2: HIV-2)は、HIV-1に次いで1986年に後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスとして同定された。本邦においてHIV-2感染症例数は少ないものの、近年国内感染が強く疑われる日本人女性感染2例を含む計5例が同定されたことに伴い、2009(平成21)年2月に周知のための通知がなされた1) 。これら5例から分離同定されたHIV-2の分子疫学的解析を実施した結果、3例が世界で最初のHIV-2組換え流行株(circulating recombinant form: CRF)による感染例と判明した。本稿ではその詳細について報告する。

2.HIV-2の分子疫学的特徴
今日HIV-1が世界規模で流行し、約3,300万人の感染者が存在するのに対し、HIV-2の流行は西アフリカと関連するいくつかのヨーロッパおよびアジア諸国に限定しており、その感染者数は約100万人と推定されている。これまでの研究により、HIV-2はHIV-1よりも病原性が低く、HIV-2感染者の多く(75%以上)は無症候のまま生涯を全うすることが知られている。遺伝子学的に、現在、HIV-1は4つのグループ(M、N、O、P)に分類でき、グループM株が世界的規模の流行の主体となっている。一方、HIV-2は8つのグループ(A〜H)が同定されており、このうちグループA株とB株が主要な流行株として知られている。これらに加えて、グループA株とB株の組換えウイルスが2種類各1例ずつ同定されてきたが2,3) 、これらの組換えウイルスの流行実態は未確認であった。

3.本邦におけるHIV-2感染報告
本邦における正確なHIV-2感染例数は現在まで分かっていないが、これまでの報告によると、その数は10例に満たない。2002(平成14)年10月に最初のHIV-2感染例の同定に伴う通知がなされ4) 、2006(平成18)年8月には最初の日本人HIV-2感染例の同定に伴う通知がなされてきた5) が、いずれも日本国内で感染したものではなく、海外における感染事例の国内発見であった。これに対し我々が2009(平成21)年2月に同定した日本人女性のHIV-2感染例では、海外渡航歴が無いことと、HIV-2の疫学的流行地域出身者との交際歴を有していたことから日本国内での感染が強く疑われるものであった1) 。その後、新たなHIV-2感染事例は同定されていないが、本邦におけるHIV-2の疫学動向を把握するためには、より詳細な疫学調査が必要であると思われる。

4.最初のHIV-2組換え流行株CRF01_ABの発見
我々は同定した5例のHIV-2感染症例のHIV-2グループを決定するために遺伝子配列解析を実施した。採取した末梢血単核球からDNAを抽出し、nested PCR法にてHIV-2のgag およびenv 遺伝子の増幅を試みた。その結果、5例中4例(いずれもAIDS発症例)の増幅に成功した。増幅できなかった1例(無症候例)は複数の異なるプライマーセットを用いて増幅を試みたが成功しなかった。遺伝子増幅に成功した4例については、塩基配列の決定および系統樹解析を実施した。その結果、NMC786はグループA株と判定されたが、残りの3例(NMC307、NMC716、NMC842)は、1990年に西アフリカのコートジボワールより報告されたAB組換えウイルス7312Aとクラスターを形成した。この結果から、NMC307、NMC716、NMC842がAB組換えウイルスである可能性が示唆され、組換え構造を明らかにするためにウイルスの全長ゲノム塩基配列解析を行った。ウイルスゲノム構造を分析した結果、3株とも4つの組換えポイントが確認され、さらに、この4ポイントは7312Aが有する組換えポイントと完全に一致していることが明らかになった。また、ウイルスの全長ゲノム塩基配列を用いた系統樹解析からは、NMC307、NMC716、NMC842と7312Aが系統樹上で一つのクラスターを形成したことから、これらのウイルスは同一の組換えウイルスであることが明確に示された。先に報告されていた7312Aに加えて新たに3つの同一組換えウイルスが確認されたことから、このHIV-2のAB組換え体は米国Los Alamos HIV Sequence Databaseより世界で最初のHIV-2組換え流行株であると認定され、HIV-2 CRF01_AB株と命名された(図1)6) 。

5.終わりに:HIV-2 CRF01_ABの発見から示唆されること
本稿冒頭に述べたように、HIV-2感染例の多くは無症候のまま生涯を全うするが、今回我々が同定した3例のHIV-2 CRF01_AB症例は全例AIDSを発症していたことは特筆に値する。まだ、症例数は少ないものの、HIV-2 CRF01_AB株がゲノム組換えを介して、より高い病原性を獲得した可能性が懸念される。また、HIV-2の流行地域ではない本邦においてHIV-2 CRF01_ABが3例も発見されたことは、このHIV-2組換えウイルス株が既に西アフリカを越えて世界各地へ伝播していることを推測させる。HIV-2 CRF01_ABの疫学的動向を明らかにするためには、今後西アフリカ諸国および関連各国と共同での疫学調査を進めることが必要である。

 参照文献
1)健疾発第 0203001号:医療機関及び保健所に対するHIV-2感染症例の周知について
2)Robertson DL, et al ., J Mol Evol 40: 249-259,1995
3)Yamaguchi J, et al ., AIDS Res Hum Retroviruses, 24: 86-91, 2008
4)健疾発第 1024001号:医療機関及び保健所に対するHIV-2感染症例の周知について
5)健疾発第 0811001号:医療機関及び保健所に対するHIV-2感染症例の周知について
6)Ibe S, et al ., J Acquir Immune Defic Syndr 54: 241-247, 2010

国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター、エイズ治療開発センター
伊部史朗 横幕能行 杉浦 亙*,**
 *国立感染症研究所エイズ研究センター
 **名古屋大学大学院医学系研究科免疫不全統御学

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