わが国における抗HIV治療と多剤耐性症例の現状
(Vol. 31 p. 233-234: 2010年8月号)

背 景
近年開発された抗HIV薬(anti-retroviral drug: ARV)は、耐性を誘導しにくいものへと進歩を遂げ、新規に多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy: HAART)を開始したHIV/AIDS症例においては、薬剤耐性の獲得に起因する治療の脱落と臨床的予後の増悪が減少している。これに対し、HAART導入以前の単剤もしくは2剤療法の時期より長期間にわたり治療を継続してきたHIV/AIDS症例においては、薬剤耐性変異の蓄積から多剤耐性(multi drug resistance: MDR)となり、治療に難渋している症例が存在するはずであるが、わが国における実態は掴めていない。

一方、わが国では2007年末〜2009年にかけて、薬剤耐性を獲得しにくいプロテアーゼ阻害剤Darunavir (DRV)、従来の非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤に対する薬剤耐性HIVにも有効なEtravirine (ETR)、世界初のインテグラーゼ阻害剤Raltegravir (RAL)、そしてこれも世界初となる宿主因子CCR5を標的にしたMaraviroc (MVC)が認可された。さらに厚生労働省「エイズ治療薬研究」班を通じて入手可能な未承認薬の融合阻害剤T-20とプロテアーゼ阻害剤Tipranavir (TPV)が選択肢に加わることにより、今までに無い程治療の選択肢が広がり、従来のARVでは治療に難渋していた多くのMDR症例の救済が期待されている。厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業「薬剤耐性HIVの動向把握のための調査体制確立及びその対策に関する研究」班では、前述した6種類の新規ARVの使用状況調査を実施し、MDR 症例の現状把握と新規ARV導入による治療効果、さらには新規薬剤選択における薬剤耐性検査の有益性について検証を行った。本稿ではこの調査・検証の結果を報告したい。

方 法
日本のエイズ診療拠点病院および首都圏クリニックの計377施設対して郵送アンケートによる調査を実施した。調査項目は(1)通院中HIV/AIDS症例数、(2)治療中の症例数、(3)新規ARV(DRV、RAL、ETR、MVC、T-20、TPV)を投与中の症例数、(4)新規ARVの使用と選択理由、(5)予後、(6)現在のARVレジメおよびその開始年月、(7)症例の背景(生年月、性別、感染経路)、(8)新規ARV使用直前および直近の検査値(CD4陽性細胞数、HIV-RNA量)、(9)新規ARV導入直前のARVレジメ、(10)当該新規ARVを処方した理由、(11)新規ARVに際しての耐性検査実施の有無、(12)新規ARV導入までに使用したすべてのARV、とした。統計解析はgraphPad社のPrism5を用いた。

結 果
(1)対象症例とその治療の現状
調査を依頼した377施設中、回答を得た211施設(56.0%)における通院症例数は9,040名、総服薬症例数6,296名(69.6%)、そのうち新規ARV使用症例数は280症例(4.4%)だった。この280症例における新規ARVの使用理由は、副作用による変更が125症例(44.6%)、ウイルス学的失敗による変更が(MDR群)97症例(34.6%)、その他の理由による変更31症例(11.1%)、初回使用24症例(8.6%)、不明3症例であった。

(2)MDR症例は長い治療歴を有し、CD4陽性細胞数も有意に低い値を呈していた。
新規ARV導入症例中、導入理由が不明な3症例を除いた277症例を対象とし、新規ARV導入以前のCD4陽性細胞数(baselineCD4)、初回ARV開始からの総治療年数、使用経験のある既存ARVの数、新規ARV導入後の治療期間、新規ARV導入前後のlogΔHIV-RNA(VL)について解析した。baselineCD4の中央値(cells/μl)は、MDR群227、non-MDR群323と、MDR群の方が有意に低かった(p=0.0304)。総治療期間の中央値(年)は、MDR群10.8、non-MDR群4.3と、MDRグループが有意に長かった(p<0.0001)。使用経験のある既存ARV数の中央値(剤)は、MDR群7、non-MDR群5と、MDR群の方が有意に多かった(p<0.0001)。新規ARVによる治療期間の中央値(月)は、MDR群11、non-MDR群7と、MDR群の方が有意に長かった(p<0.0001)。

(3)薬剤耐性検査は至適治療の選択に有効であった。
新規ARV導入症例のMDR群(n=97)を対象とし、導入した新規ARV数とlogΔVLの相関、新規ARV導入前の薬剤耐性検査実施の有無とlogΔVLとの相関について解析を行った()。新規ARV導入剤数とlogΔVLの中央値(log copies/ml)は、1剤導入群(n=52)1.4、2剤導入群(n=33)1.8、3剤以上導入群(n=11)2.7と、導入剤数が多いほど下げ幅が大きく、1剤群と3剤以上群で有意差が認められた(p=0.0244)。薬剤耐性検査実施の有無とlogΔVLの中央値(log copies/ml)は、検査実施群(n=81)1.8、非実施群(n=15)0.3と、検査実施群の方が有意にVLを減少させていた(p=0.0223)。

まとめ
既治療HIV/AIDS患者における薬剤耐性治療の状況は、薬剤耐性症例自体が少ないこともあり、全体像の把握が難しい。今回我々は、前述新規ARVの導入を契機に調査を行うことで、わが国の既治療HIV/AIDS患者における状況を明らかにすることができた。本調査によって、現在MDRの獲得により治療に難渋している症例では、新規ARV導入時のCD4陽性細胞数は低く、初回ART導入が早く、新規ARVがより早く導入されていた。MDR症例では、新規ARVを単剤より複数剤加えた方が、また、新規ARV導入の際に耐性検査を行ってから薬剤選択をした方が、より高い治療効果を示すことが明らかとなった。

 文 献
1) Miyazaki N, et al ., XVIII International AIDS Conference, Abstract #CDB0058, 2010

国立感染症研究所エイズ研究センター
宮崎菜穂子* 杉浦 亙**, ***
  *財団法人 エイズ予防財団
 **名古屋医療センター臨床研究センター、エイズ治療開発センター
***名古屋大学大学院医学系研究科免疫不全統御学

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