患者:10歳、男子。
既往歴:単純型熱性けいれん(1回)。
現病歴:2010年4月21日に発熱(第1病日)がみられ、4月25日(第5病日)の夜8時から全身性間代性けいれんが出現し、重積状態となりA病院に搬送された。MRIにてわずかに左後頭部に高信号域が認められた。抗けいれん剤を投与したが改善がみられず、4月28日(第8病日)にB病院へ転院した。4月30日(第10病日)の頭部MRI拡散強調画像で両側海馬の異常信号を認め、辺縁系脳炎と診断され、ガンマグロブリン投与等による加療が行われた。発症後2カ月の時点で、後遺症として重度の身体障害・精神障害(てんかんを含む)が認められている。
検査所見:A病院初診時の血液生化学検査では特記すべき異常はなく、髄液検査で軽度の細胞増多を認めた。患者の血清(第8病日に採取)について、5'−非翻訳領域を増幅するリアルタイムPCRによる検査の結果、7×103copy/mlのエンテロウイルス遺伝子が検出された。この増幅産物について塩基配列を決定し、BLAST解析した。その結果、GenBankに登録されているエンテロウイルス71型(EV71)(Accession No. GQ994989)のポジション461-580と118/120bp(98.3%)一致した。急性期検体として入手できたのは、血清、髄液のみで、髄液はPCR陰性であった。EV71に対するペア血清の中和抗体価を測定した結果、4月26日(第6病日)に1:16で、5月7日(第17病日)に1:128で、4倍以上の有意上昇がみられた。
疫学情報:EV71は、2010年に入ってから例年より早い時期に検出され、西日本を中心に21府県から86件の検出が報告されている。6月10日現在、手足口病患者から72件、無菌性髄膜炎患者から4件、ヘルパンギーナ患者から1件が検出されている。
考察:本件は急性期の血清からEV71と相同性が極めて高いウイルス遺伝子が検出され、EV71に対する中和抗体価の8倍の上昇がみられた。この抗体価の上昇に治療のために投与したガンマグロブリン製剤が関与した可能性は否定できない。しかし、臨床症状、急性期血清からのエンテロウイルス遺伝子検出の結果などを総合的に考えると、EV71脳炎症例と考えるのが最も妥当と考える。EV71は、手足口病の病原体として知られるが、髄膜炎患者などからも検出されているので、EV71による中枢神経系感染症には今後注意が必要である。
国立感染症研究所感染症情報センター
藤本嗣人 花岡 希 安井良則 小長谷昌未 岡部信彦
国立感染症研究所ウイルス第一部 高崎智彦
国立感染症研究所ウイルス第二部 清水博之