2009/10シーズン第33週(2010年8月24日時点)までの総分離数12,295株における分離比は、A/H1N1pdmが98.1%、A/H3N2が0.6%、B型が1.3%であった。B型分離株の9割以上がVictoria系統であった。
2.分離ウイルスの抗原性および遺伝子系統樹解析
2009/10シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原解析用抗原抗体キット[A/California/7/2009(H1N1)pdm、A/Brisbane/59/2007(H1N1)、A/Uruguay/716/2007(H3N2)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)、B/Bangladesh/3333/2007(山形系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型の同定および抗原性解析が行われた。感染研では、これらの成績を感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で収集し、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5〜10%に相当)および非流行期の分離株や大きな抗原性変化を示す分離株について地研から分与を受け、フェレット参照抗血清を用いて詳細な抗原性解析を実施した。
2-1)A/H1N1pdmウイルス
抗原性解析:国内では12,028株のA/H1N1pdmウイルスが全国の地研で分離された。感染研ではこれらの国内分離株の一部(629株)および海外(中国、台湾、韓国、ラオス、モンゴル、ミャンマー)から送付された総数667株について、5〜6種類のフェレット感染血清を用いて詳細な抗原性解析を行った。
分離株のほとんどがワクチン株に選定されたA/California/7/2009(H1N1)pdmに抗原性が類似していた。一方、HI試験で抗A/California/7/2009(H1N1)pdm血清に対して8倍以上反応性が低下した変異株が、国内で3株、韓国で1株検出されたが、シーズンを通してこれらの抗原変異株が増える傾向は見られなかった。また、4倍以上の反応性低下を示した抗原変異株について、臨床検体から直接RNAを抽出し、ウイルス遺伝子の解析を行ったところ、臨床検体には抗原性にかかわる遺伝子変異は認められなかった。ウイルスを細胞で分離・増殖させる過程で変異が入った可能性が考えられた。また、散発的に分離された国内外のオセルタミビル耐性株や重症例・死亡例から分離されたウイルス株も、抗原性はA/California/7/2009(H1N1)pdmに類似していた。
遺伝子系統樹解析:国内外で分離されたすべての株のHA遺伝子は、A/California/7/2009株およびA/成田/1/2009株を含む単一のクラスターに分類され、現時点においても依然遺伝子的に均一なウイルス群を形成していた(図1)。さらに、最近分離された株はすべてS203T置換を有しており、大きなサブクラスターを形成していた。また、HI試験で8倍以上の抗原変異株に認められる153-156番目のアミノ酸置換を有する株は、S203Tサブクラスター内に分散しており、特異的なクラスターの形成は認められなかった。オセルタミビル耐性株も同様に系統樹内に散見され、特別なクラスターの形成は無かった。
2-2)季節性A/H1N1(ソ連型)ウイルス
抗原性解析:2009/10シーズンに国内では季節性のA/H1N1ウイルスは全く分離されなかった。一方、感染研で解析を行ったラオス分離株3株はいずれもA/Brisbane/59/2007類似株であった。季節性A/H1N1ウイルスは、中国で2009年9月以降も散発的に分離されており、76%がワクチン株A/Brisbane/59/2007類似株で、24%がHI試験で8倍以上反応性が低下した抗原変異株であった。遺伝子系統樹解析は割愛する。
2-3)A/H3N2ウイルス
抗原性解析:国内で分離されたA/H3N2ウイルスは70株で、例年と比べると極めて少なかった。感染研では国内外から収集した87株について、6〜8種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。解析した分離株の98%以上がA/Perth/16/2009類似株であり、特に大きな抗原変異株は認められなかった。
遺伝子系統樹解析:H3N2分離株は、E62K、N144K、K158N、N189Kのアミノ酸置換を持つPerth/16/2009株、Victoria/210/2009株および新潟/403/2009株で代表されるPerth/16クレードと、K158N、N189K、T212Aを持つVictoria/208/2009株および静岡/736/2009株で代表されるVictoria/208クレードの2つに大別された(図2)。2010年3月以降に分離された株の多くは、Victoria/208クレードに分類される傾向が見られた。しかし、Perth/16クレードとVictoria/208クレードはお互いに抗原性が類似しており、抗原性に違いは認められなかった。一方、Perth/16類似株から抗原変異したHunan-Beihu/1313/2009 株に代表される香港/2000クレード(L157Sを特徴とする)に属するウイルス株は今シーズンには検出されなかった。
2-4)B型ウイルス
B型インフルエンザウイルスには、B/Yamagata(山形)/16/1988に代表される山形系統とB/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統がある。2009/10シーズンの国内分離株は163株のみで、内訳は山形系統7%、Victoria系統93%であり、Victoria系統が優位を占めていた。海外諸国においてもB型の流行株の90%はVictoria系統であった。これら分離株のVictoria系統については9種類のフェレット感染血清を用いて、また、山形系統については3〜4種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を実施した。
抗原性解析:感染研で作製した孵化鶏卵馴化B/Brisbane/60/2008株に対するフェレット感染血清は、MDCK細胞分離株とほとんど反応せず、約90%が抗原変異株と判定された。これは、既に報告したように孵化鶏卵への馴化によって糖鎖結合部位(197-199)に変異が入り、これによって糖鎖が欠失して抗原性が変化したウイルスに対する抗体が作製されたためである。このため、感染研では、流行株の抗原性をより正確に評価するために、MDCK細胞で分離したB/Brisbane/60/2008株に対するフェレット感染血清も並行して作製し、ワクチン株との抗原性の違いを評価した。その結果、B型の中で主流を占めたVictoria系統分離株の95%が、ワクチン株B/Brisbane/60/2008と抗原性が類似していた。
一方、極めて少数ながら国内で分離された山形系統株については、2008/09シーズンのワクチン株B/Florida/4/2006に対するフェレット感染血清とはほとんど反応せず、その類似株でHA遺伝子グループの異なるB/Bangladesh/3333/2007のフェレット感染血清とよく反応した。
遺伝子系統樹解析:Victoria系統株の大多数はN75K、N165K、S172Pを持つBrisbane/60/2008株および堺/43/2008株で代表されるBrisbane/60 クレードに属していた(図3)。さらに最近の分離株は、このクレードの中でもL58Pを共通に持つものが増えてきた傾向が見られた。一方、Brisbane/60/2008類似株群とは抗原性が大きく異なるグループに、T37Iを共通して持つ台湾/55/2009クレードがある。このクレードは少数グループであるが、わが国では2月、3月、6月と散発的に分離されている。今後、この少数クレードのウイルスの動向を注視する必要がある。さらに、系統樹解析では、Fujian-Gulou/1272、Townsville/2および栃木/15でそれぞれ代表される3つの抗原変異グループが存在するが、今シーズンの国内ではこれらのクレードに属する株は検出されなかった。
一方、山形系統では、すべての株がBangladesh/3333/2007株で代表されるクレード3に属していた(図4)。その中でも、最近の分離株はHubei-Wujiagang/158/2009株および堺/68/2009株で代表されるN202Sを持つ株が一つのサブクレードを形成する傾向が見られている。山形系統には他に、かつてのワクチン株Florida/4/2006を代表株とするクレード1と、仙台-H/114/2007を代表株とするクレード2が存在するが、これらに属する分離株は検出されなかった。
3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出
3-1)A/H1N1pdmウイルス
A/H1N1pdmの治療には、ウイルスNA蛋白を標的とするオセルタミビルおよびザナミビルが推奨されている。世界各国で分離されているA/H1N1pdmウイルスのほとんどは両薬剤に感受性であるが、散発的にNAに特徴的なアミノ酸置換(H275Y)をもつオセルタミビル耐性株が検出されている。日本は世界最大のオセルタミビル使用国であることから、抗インフルエンザ薬耐性株の検出状況を迅速に把握し、自治体および医療機関に情報提供することは公衆衛生上重要である。そこで感染研では全国の地研との共同研究により、2009年9月にA/H1N1pdm薬剤耐性株サーベイランスを開始した。
各地研におけるNA遺伝子部分塩基配列の決定および感染研における抗インフルエンザ薬感受性試験を合わせて、2009/10シーズンのA/H1N1pdm国内分離株6,738株について解析を行った。その結果、65株のオセルタミビル耐性株が検出され、検出率は1.0%であった(http://idsc.nih.go.jp/iasr/graph/tamiful09-10.gif)。すべてのオセルタミビル耐性株は2010年に発売承認された新規薬剤ペラミビルにも交叉耐性を示したが、ザナミビルに対しては感受性を保持していた。耐性株の大半はオセルタミビルの治療または曝露後の予防投与例から検出されており、薬剤による選択圧の結果と考えられる。2009/10シーズンに東アジア5カ国で分離されたA/H1N1pdmウイルス51株について薬剤感受性試験を行った結果、いずれもオセルタミビル、ペラミビルおよびザナミビルに対して感受性であり、耐性株は検出されなかった。また、国内外で分離されているA/H1N1pdmウイルスはM2阻害薬であるアマンタジンおよびリマンタジンに対して耐性を示すことが報告されており、遺伝子解析を行ったすべての株はアマンタジンおよびリマンタジンに対して耐性を示した。
3-2)季節性A/H1N1(ソ連型)ウイルス
2008/09シーズンにはオセルタミビル耐性の季節性A/H1N1ウイルスが世界中に広がり、わが国でもオセルタミビル耐性A/H1N1株の出現頻度は99.6%に達した。これらの耐性株の多くは、オセルタミビルの投与を受けていない患者から分離されており、ヒトからヒトへの感染伝播によって急速に広がったと考えられる。2009/10シーズンの季節性A/H1N1ウイルスは世界的に分離報告数が非常に少ないが、ラオスで分離された4株について薬剤感受性試験を行った結果、いずれもオセルタミビル耐性株であり、ペラミビルにも交叉耐性を示したが、ザナミビルには感受性であった。
3-3)A/H3N2およびB型ウイルス
国内および東アジア5カ国で分離されたA/H3N2ウイルス82株について薬剤感受性試験を行った結果、日本、中国および台湾分離株のそれぞれ1株でザナミビルに対する感受性がやや低下していたが、オセルタミビルおよびザナミビルの両薬剤に対して明らかな耐性を示す株は検出されなかった。アマンタジンおよびリマンタジンに対しては遺伝子解析を行ったすべての株が耐性を示した。また、国内および東アジア4カ国で分離されたB型ウイルス98株は、いずれもオセルタミビルおよびザナミビルの両薬剤に対して感受性であり、耐性株は検出されなかった。
4.2009/10シーズンのワクチン株と流行株との一致性の評価
各年度のインフルエンザワクチン株は、上記のように国内外の流行株の分析による流行予測、前年度のワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性、流行前のワクチン株に対する国民の抗体保有調査の結果(http://idsc.nih.go.jp/yosoku/Flu/2009Flu/Flu09_4.html)、次季ワクチン製造候補株の適性(孵化鶏卵での増殖効率および継代による抗原性、遺伝子の安定性など)などを総合的に評価して選定される。また、ワクチン株選定の時期は、2月にWHOによって決定される北半球向け推奨株を参考にして、3月末までに選定され、厚生労働省医薬食品局長により5月〜6月までに正式に決定される。従って、ワクチン株の選定は、実際の流行が始まる6〜7カ月前までの成績にもとづいて行われている。
株サーベイランスはWHOグローバル・サーベイランス・ネットワーク(GISN)により、地球規模で実施されるように改善されてきたため、流行予測精度が過去に比べて飛躍的に向上したが、流行予測を早い時期に行わざるを得ないため、ワクチン株と流行株が結果的に一致しない場合がある。このような背景を踏まえて、2009/10シーズンのワクチン株と実際の流行株との一致状況について評価した。
日本における2009/10シーズン用の季節性インフルエンザワクチン株は、例年と同じ検討を経て、2009年3月下旬に感染研においてA/Brisbane/59/2007(H1N1)、A/Uruguay/716/2007(H3N2)(A/Brisbane/10/2007類似株)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)が選定されて厚労省に報告され、その後、2009年6月8日付けで厚労省により決定されて公表された(IASR 30: 185, 2009参照)。
一方、2009年5月からはブタ由来の新型A/H1N1pdmウイルスによるパンデミックが起こったことから、A/California/7/2009(H1N1pdm)(X-179A)が新型インフルエンザワクチンとして単味で追加製造されることとなった(IASR 30: 255-256, 2009)。
2009/10シーズンは分離株の98%は新型A/H1N1pdmであり、流行株の99%はワクチン株A/California/7/2009に類似しており、この傾向はシーズンを通じて変わらなかった。従って、これまで流行した新型A/H1N1pdmウイルス株の抗原性は、ワクチン株とよく一致していた。
新型A/H1N1pdmの出現以降には、季節性A/H1N1ウイルスは国外ではほとんど分離されなくなった。わが国でも2009/10シーズン中には全く検出されず、ワクチンとの一致性の評価はできなかった。ただ、海外で少数ながら分離された株はワクチン株と抗原性が一致していた。
A/H3N2亜型ウイルスは分離総数の 0.6%程度であり、流行規模は散発的であった。しかし、流行株の70〜90%はワクチン株A/Uruguay/716/2007からHI試験で16倍以上反応性が低下したA/Perth/16/2009類似株であり、今シーズンのワクチン株と流行株との抗原性は大きく異なっていた。
B型の流行規模も分離総株の1.3%と散発的であったが、2009/10シーズンも前シーズンと同様にVictoria系統が主流であった。流行株の80〜99%はワクチン株B/Brisbane/60/2008と抗原性が一致しており、ワクチン株の選定は適正であったと判断された。
本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研との共同研究として行われた。また、ワクチン株選定にあたっては、ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために、特定医療法人原土井病院臨床研究部池松秀之部長、新潟大学大学院医歯学総合研究科国際感染医学講座公衆衛生学分野齋藤玲子博士、鈴木宏教授からの協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC、英国立医学研究所、豪WHO協力センター)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既にNESID の病原体検出情報で各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。
国立感染症研究所
インフルエンザウイルス研究センター第1室・WHOインフルエンザ協力センター
岸田典子 高下恵美 藤崎誠一郎 徐 紅 伊東玲子 土井輝子 江島美穂 金南希
菅原裕美 氏家 誠 小渕正次 小田切孝人 田代眞人
国立感染症研究所病原体ゲノム解析センター
本村和嗣 佐藤 彩 横山 勝 柊元 巖 佐藤裕徳
独立行政法人製品評価技術基盤機構
小口晃央 山崎秀司 藤田信之
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ