パンデミック(H1N1)2009に対する国民の抗体保有状況調査−2009年度感染症流行予測調査より−
(Vol. 31 p. 260-261: 2010年9月号)

はじめに
感染症流行予測調査事業は、厚生労働省(以下、厚労省)健康局結核感染症課、担当都道府県・地方衛生研究所(以下、地研)・保健所・医療機関、国立感染症研究所(以下、感染研)が共同して実施している事業で、定期接種対象8疾患について国民の抗体保有状況を調査している。

このうちインフルエンザ感受性調査は、当該シーズンのワクチン接種前で、かつ本格的なインフルエンザの流行開始前に国民の抗体保有状況を調査し、保有率が低い年齢群へのワクチン接種の推奨や注意喚起、次年度のワクチン候補株の選定等を目的として実施している。

例年、当該シーズンのワクチン株3種類:A/H1N1亜型、A/H3N2亜型、B型(ビクトリア系統または山形系統)に加えて、ワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスを加えた4種類を測定抗原として赤血球凝集抑制法(HI法)により抗体価の測定が実施されている。2009年度は、パンデミック(H1N1)2009が発生したことから、上記4種類に加えて、急遽A/H1N1pdmウイルスについても同時に調査を行うことになった。

対象および方法
抗体価の測定を実施した都道府県および同衛生研究所は、北海道、山形、福島、茨城、栃木、群馬、千葉、東京、神奈川、新潟、富山、福井、山梨、長野、静岡、愛知、三重、京都、山口、愛媛、高知、佐賀、宮崎の23都道府県であり、原則としてパンデミック(H1N1)2009の国内流行初期の2009年7〜9月に採取された血清を用いて、調査が行われた。各年齢群の調査数は図1に示したが、計6,539検体のHI抗体価が測定された。

HA抗原は、パンデミック(H1N1)2009の原因となったA/California/7/2009pdmであり、感染研インフルエンザウイルス研究センターで作製された。なお、本ウイルスは2010/11シーズンの季節性インフルエンザワクチン株の1つとなった。

結 果
採血時期は、2009年4〜6月が全体の15%、7〜9月が75%、10〜12月が10%であった。

図1に年齢群別のHI抗体保有状況を示す。季節性インフルエンザでは1:40以上を重症化予防の指標としているため、毎年1:40以上の抗体保有率を速報としてホームページに公開している1) 。85歳以上(40%)を除く年齢群での抗体保有率は1〜21%であった。15〜19歳(21%)、20〜24歳(14%)、30〜34歳(11%)、45〜49歳(12%)および80〜84歳(11%)で10%以上の抗体保有が認められたが、その他の年齢群では10%未満であった。

1:10〜20の低いHI抗体価の解釈は難しいが、1:10以上のHI抗体保有率で見ると、85歳以上(73%)を除く全年齢群で50%未満であるが、15〜19歳(48%)、80〜84歳(43%)で40%以上、20〜24歳(36%)、30〜34歳(36%)、45〜49歳(34%)、40〜44歳(32%)で30%以上となり、0〜9歳と55〜69歳では20%未満であった。

図2にパンデミック(H1N1)2009流行初期に1:40以上のHI抗体を保有していたと推計される人口を、2009年10月1日現在の年齢群別推計人口に占める割合として示した。本調査から推計した30歳未満の1:40以上のHI抗体保有人口は約300万人であった。

考 察
本調査では、4〜6月(流行前)の採血と10〜12月(流行期)の採血がそれぞれ15%、10%ずつ含まれていたが、主に7〜9月(流行初期)の国民の抗体保有状況を示す。

主な採血時期となった第28〜40週に、全国の地研で検出されたインフルエンザウイルスの99%はA/H1N1pdmであり、インフルエンザ定点(以下、定点)からの患者報告数をもとに推計された全国のインフルエンザ受診者数は約180万人と報告された2) 。第28〜40週のインフルエンザ報告患者の年齢層は3) 、10〜14歳が最も多く31.0%、5〜9歳は24.3%、15〜19歳は16.0%であり、30歳未満が報告患者の約90%を占めた3) 。調査時期に1:40以上のHI抗体保有推計人口は、流行の中心であった30歳未満で約300万人となった。

85歳以上を除いて、15〜19歳の抗体保有率が最も高かったが、定点から報告された患者の年齢分布は10〜14歳が最も多かった。15〜19歳は、2009年第27週以前の国内発生早期に集団発生を認めた高校生世代であり、高い抗体保有率はその影響によるものか、あるいは、この年齢層は感染しても医療機関の受診率が少なかったかについては、2010年度の調査とあわせて検討したい。

流行以前に採血され保管されていた国内血清銀行の血清を用いて実施した血清疫学調査の結果では、1917年以前に生まれた者の50〜60%がA/California/7/2009pdmに対して1:40以上のHI抗体を保有していたが、1920年代生まれの者では約20%、1930年代以降に生まれた者については1:40以上の者はほとんどいなかったことから4) 、2009年度調査で見られた85歳以上の1:40以上の抗体保有率は、パンデミック(H1N1)2009の発生以前からの保有と考えられた。

2010年度の調査では、パンデミック(H1N1)2009の罹患時期や季節性と新型両方のワクチン接種時期についても調査する予定で、罹患やワクチン接種との関係についても検討可能となる。国が実施主体となり、全国の自治体と地研、感染研が協力して毎年実施している本調査は世界でも例をみない貴重な事業であり、引き続き関係機関と連携して、エビデンスに基づいた感染症対策ならびに予防接種の方針決定のために、本事業の成果が期待される。

 参考資料
1)感染症流行予測調査事業HP
 http://idsc.nih.go.jp/yosoku/index.html
2)IDWR 2009年第44週号
3)IDWR 2009年第40週号
4)岡部信彦, 他,平成21年9月24日新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会提出資料

国立感染症研究所感染症情報センター
多屋馨子 佐藤 弘 新井 智 荒木和子 山本久美 北本理恵 岡部信彦
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター
岸田典子 小渕正次 小田切孝人 田代眞人
2009年度感染症流行予測調査事業インフルエンザ感受性調査担当
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