デング熱および突発性発疹と考えられる症例における麻疹IgM抗体陽性例
(Vol. 31 p. 269-271: 2010年9月号)

症例1:30歳男性
既往歴:1〜2カ月前に40℃の発熱があり、近医にて肺炎と診断
麻疹ワクチン接種歴:2歳時に接種
現病歴:2008年6月5〜11日にモルディブ共和国へ旅行し、12日に帰国。14日に40℃の発熱、悪寒、頭痛が出現し、受診した病院で感冒と診断されたが、その後も37〜40℃台の弛張熱、頭痛が続いたため、18日に他院を受診し、精査加療目的で同日入院となった。入院時は明らかな発疹や皮下出血等はなかったが、40.1℃の発熱、下痢が認められた。症状および海外渡航歴から腸チフスやデング熱が疑われ、検査診断のための血清が国立感染症研究所(感染研)に送付された。19日に体温は37℃台に低下したが、口腔内にコプリック斑様の発疹が認められたため、民間検査機関で麻疹の抗体検査が実施された[1回目(19日採取血清/23日結果報告):麻疹IgM抗体陽性(7.13)、麻疹IgG抗体陽性(19.9)、2回目(血清採取日不明/30日結果報告):麻疹IgM抗体陽性(3.29)、麻疹IgG抗体陽性(24.2)※IgMは>1.2、IgGは≧4.0で陽性]。その後、四肢、背中を中心に掻痒感を伴う点状出血が出現したが、25日には掻痒感はほぼ消失し、点状出血も改善傾向であり、27日に退院となった。

血液検査所見(入院時):白血球数 1,320/μl、血小板数 4.3万/μl、GOT 129 IU/l、GPT 59 IU/l、LDH 619 IU/l、CRP 0.10 mg/dl。

ウイルス学的検査所見:発熱から4日後の6月18日に採取された血清を用いて、感染研ウイルス第一部でリアルタイムRT-PCR法およびデングウイルス特異的IgM抗体測定による検査を行った結果、デングウイルス3型遺伝子が検出され、IgM抗体陽性であった。また、同一検体を用いて感染研感染症情報センターでnested RT-PCR法(病原体検出マニュアル「麻疹」に準じた)により麻疹ウイルスのHAおよびNP遺伝子領域の検出を試みたが、特異的遺伝子は検出されなかった。

本症例は、当初デング熱と麻疹の重感染が疑われたが、麻疹の急性期であれば通常ウイルス検出が可能である発熱から4日後の血清から麻疹ウイルス遺伝子が検出されなかったこと、発熱から5日後の血清の麻疹IgM抗体は陽性であったがその後低下し、麻疹IgG抗体価は有意な上昇が認められなかったこと、デングウイルスに対するIgM抗体およびデングウイルス遺伝子が検出されたことなどからデング熱と診断された。麻疹IgM抗体の陽性に関しては、デング熱発症より前に麻疹ウイルスに感染し、IgM抗体が上昇していた可能性、あるいは抗体検査における非特異的な反応と考えられた。

症例2:1歳1カ月男児(保育園児)
麻疹ワクチン接種歴:2008年3月21日にMRワクチン接種
現病歴:2008年4月16日に発熱、38℃台後半〜39℃台の発熱が持続し、鼻汁、軽度咳嗽が認められた。19日の朝に少し解熱するが、昼に発疹が出現し、夕から同様の発熱が持続した。21日に躯幹を中心に融合した発疹が認められたが、コプリック斑はみられなかった。22日に発疹は淡褐色の色素沈着様となり、咽頭にアフタ様所見が認められたことから、麻疹疑いによる検査診断として、検体(咽頭ぬぐい液、血液)が感染研に送付された。その後、24日に発疹は消失したが、咽頭発赤が著明で発熱が持続したため、25日に抗菌薬治療が開始された。その際の咽頭培養は陰性、咽頭アデノウイルス抗原も陰性であったが、白血球数 10,500/μl、CRP 7.1mg/dlのため26日に入院となった。入院後は発熱なく、咽頭炎の診断で退院となった。

血液検査所見(21日):白血球数 8,800/μl、血小板数12.5万/μl、GOT 39 IU/l、GPT 14 IU/l、LDH 468 IU/l、CRP 0.97 mg/dl。

ウイルス学的検査所見:感染研感染症情報センターにおいて、発熱から6日後(発疹出現から3日後)の4月22日に採取された検体を用いて検査を行った結果、咽頭ぬぐい液および末梢血単核球から麻疹ウイルス遺伝子は検出されず(症例1と同様の方法で実施)、また、血漿を用いてEIA法(市販キット:デンカ生研社製)による麻疹の抗体検査を行った結果、麻疹IgM抗体陽性(4.55)、麻疹IgG抗体陽性(52.7)であった(判定基準は症例1と同じ)。さらに、同一血漿からDNAを抽出し、ヒトヘルペスウイルス(HSV-1、HSV-2、HHV-6、HHV-7)についてnested PCR法による検査を行った結果、HHV-6 variant B(HHV-6B)遺伝子が検出された。

本症例は保育園児であり、麻疹ワクチン未接種の0歳児が周りに多く保育されていたことから、γグロブリン製剤の投与、あるいは麻疹ワクチンの接種を含めた緊急の麻疹対策を実施するかで迅速な検討が求められた症例であった。検査の結果、急性期の検体から麻疹ウイルス遺伝子は検出されず、血漿からHHV-6B遺伝子が検出されたことから突発性発疹の急性期と考えられ、また、咽頭発赤や発熱持続などの経過から、突発性発疹後の何らかの細菌感染の合併も考えられた。以上から、保育園での麻疹対策は実施しないと判断され、園内で二次感染と考えられる麻疹患者の発生も認められなかった。発熱から6日後の血漿の麻疹IgM抗体陽性に関しては、約1カ月前に接種したワクチンにより上昇したIgM抗体を検出した可能性、あるいはEIA法の非特異的な反応と考えられた。

考 察
上記2症例は、患者の背景(既往歴、ワクチン接種歴など)や症状ならびにウイルス学的検査の結果などからデングウイルス3型によるデング熱(症例1)およびHHV-6Bによる突発性発疹後の何らかの細菌感染の合併例(症例2)と考えられた。しかし、いずれも麻疹IgM抗体が検出されており、もし患者の背景が不明であった場合や、他のウイルスに関する検査を実施しなかった場合には麻疹(あるいは修飾麻疹)と診断された可能性もある。麻疹の診断においては発熱や発疹など類似の症状を呈する疾患の鑑別が必要であり、それには患者の既往歴やワクチン接種歴、症状、検査所見等から総合的に診断することはいうまでもない。ただし、ウイルス学的検査として1回のIgM抗体検出のみで診断するのではなく、麻疹ウイルスを直接的に証明(麻疹ウイルスの分離あるいは麻疹ウイルス遺伝子の検出)、あるいは麻疹特異的IgG抗体価の陽転もしくは有意上昇の確認が求められる。現在、都道府県市衛生研究所(地研)では麻疹ウイルスを直接的に証明する検査が実施可能であり、麻疹が疑われる場合には、血液(EDTA血)、咽頭ぬぐい液、尿の3点セット(少なくとも2点)の採取→保健所への連絡→地研への検体送付→ウイルス学的検査の実施が望まれる。また、可能なかぎり急性期と回復期のペア血清を用いた麻疹特異的IgG 抗体価の有意上昇の確認が望まれ、抗体価測定については民間検査機関で実施されている。

麻疹の診断に際して適切なウイルス学的検査を行うことは、精度の高いサーベイランスの実施ならびに迅速な対応を可能とする。一方で、麻疹ではない疾患を麻疹と診断した場合、必要回数の麻疹ワクチンを接種していなくとも、その後の麻疹ワクチン接種を受けない可能性があり、それは本人の麻疹予防に不利益を生じるだけでなく、不必要な麻疹対策を実施してしまう可能性がある。

2012年の麻疹排除に向けて2009年以降麻疹の患者数は激減しているが、麻疹の診断の際にウイルス学的検査を確実に実施していくことは、患者本人に有益であるばかりでなく国内からの麻疹排除を宣言するには不可欠であると考える。

国立感染症研究所感染症情報センター 佐藤 弘 多屋馨子
国立感染症研究所ウイルス第一部 高崎智彦
小平記念東京日立病院内科 神田橋宏治
すがやこどもクリニック 菅谷明則

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