横浜市では、麻しんの発生届が出された症例については、可能な限りすべてに、市衛生研究所におけるPCR検査を実施している。準備や調整等があり、医師会に通知を出して開始したのは2010年6月からだが、それ以前から、主治医の先生に個別にお願いし、検査を実施してきた。そのうち5月に経験した1例で、国立感染症研究所(感染研)で、パルボウイルスB19の抗体検査を実施したケースについて報告する。
患者は中学生で、1歳の時に麻しんワクチンを接種しているが、中1でのMR接種は受けていない。
最初は顔に、その後手足に発疹が出現したが、体幹には見られなかった。37℃台の発熱もあったため、かかりつけの小児科を受診した。主治医は、周囲での流行もあり、伝染性紅斑を疑ったが、3期のMRワクチンを未接種だったので、念のため、麻しんの抗体検査を外注した。IgM抗体(EIA)5.2で陽性の結果を得て、修飾麻しん(検査診断例)として、A区福祉保健センターに発生届が出された。健康安全課は、感染拡大防止措置について、区福祉保健センターを通して学校に指示するとともに、主治医に検体提供を依頼した。翌日には、患者から採取された咽頭ぬぐい液、血液、尿の検体が衛生研究所に搬入された。また同日、健康安全課と教育委員会で打ち合わせを実施、方針を確認した。衛生研究所では、咽頭ぬぐい液、末梢血単核球、血漿、尿について、感染研の病原体検査マニュアルに従い、nested RT-PCR法で麻疹ウイルスのHおよびN遺伝子の検出を試みた結果、2日後には、いずれの検体も陰性であることが判明した。主治医が、麻しんのIgM抗体と同時に検査に出していた、麻しんのIgG抗体(EIA)は9.0、風しんIgM抗体は陰性だった(経過については表1を参照)。
また、カタル期における濃厚接触者グループであるクラブ活動の部員を含め学校内での二次感染もないため、健康安全課内では、診断に疑問を抱く意見もあった。
発疹出現日を0日とすると、PCR用の検体採取が10日目と遅かったので、PCRが陰性でも麻しんを否定しきれないこと、IgM抗体が比較的高値だったことなどから、主治医が判断に迷っていたため、健康安全課から感染研感染症情報センターに相談したところ、パルボウイルスB19の抗体検査を勧められた。幸い、主治医が依頼した民間検査機関にまだ血清が残っていた。パルボウイルスB19の検査は、妊婦しか保険適応にならないとの理由もあり、民間検査機関から主治医に戻してもらった血清と、衛生研究所でPCR検査をした際の残りの血漿を、感染研に搬入した。
結果は、血清(発疹出現5日目):麻しんIgM 5.2(+)、パルボIgM 7.2(+)。血漿(発疹出現10日目):麻しんIgM 3.2(+)、パルボIgM 6.8(+)。
この検査結果の評価について、血漿では希釈されているので、麻しんIgMは変わらず、パルボIgMは実質的に上昇していると考えられる、麻しんであれば、この程度の数値ということはない、とのコメントが付されていた。
症状は伝染性紅斑に典型的だったことと、地域で流行があったこと(図1:患者在住のA区と隣接区では、定点からの報告が多くなっていた)、パルボIgM抗体陽性も含めた検査結果を総合して、最終的に主治医は伝染性紅斑と診断、麻しんの発生届を取り下げた。
麻しんの発生が減ってくると、すべて散発例となり、家族内や学校内など感染経路をたどって感染源を特定することが困難な症例が散見されるようになり、他疾患との鑑別がより重要になってくる。
WHOはIgM抗体検査法を推奨しているが、他のウイルス感染症による交差反応により、非特異的に陽性となる場合もあると報告されている。
医療機関では、臨床症状のみからは麻疹と診断しきれないため、抗体検査の結果を待って発生届を出そうとしがちであるが、その場合は、保健所が把握してPCR検査を実施するタイミングが遅くなってしまい、陰性であっても麻疹を完全に否定できなくなる。
現在本市では、検査体制が軌道に乗ってきており、発疹出現日や翌日などの早い時期にPCR用の検体を採取できるケースが増えてきている。調査や対応のため、発生届や患者連絡票はすぐに出していただくが、PCRの結果や医療機関で出していた抗体検査の結果などから、主治医が総合的に麻しんではないと判断された場合は、取り下げとして対応させていただいている。
そうした状況については、また改めて報告したい。
横浜市健康福祉局健康安全課
岩田眞美 紺野美貴 椎葉桂子 市川英毅 修理 淳
横浜市衛生研究所検査研究課
七種美和子 宇宿秀三 池淵 守 高野つる代 蔵田英志
国立感染症研究所感染症情報センター 多屋馨子
国立感染症研究所ウイルス第三部第一室 駒瀬勝啓