HAV常在地では多くの人が小児期に感染して抗HAV抗体を獲得する1) 。小児期のA型肝炎は不顕性であることが多く、これらの地域ではA型肝炎の流行を見ないまま高い抗体保有率を維持する。A型肝炎の発生が減少するとともに抗体獲得年齢が上昇し、疾病としてのA型肝炎が社会問題となる。さらに衛生環境が整備され感染の機会が減ると、抗HAV抗体を持たないHAV感受性者が増加・蓄積する。つまり、A型肝炎の発生が少なくなればなるほど、HAVに感染するリスクが増えていくというパラドックスが成立する。
現在、日本は世界的に見て、最もA型肝炎の少ない地域の一つである1) 。1990年の大流行を最後に患者数は減少し、近年の患者報告数は年間200人程度で推移している。2003年の血清疫学調査では、全人口の約88%、50歳以下の約98%はHAV感受性者であることが明らかになった。
図1に示したように、2003年の調査2) では60歳以上の抗体保有率は70%以上と高く、60〜40歳にかけて急激に減少し、40歳以下はほぼ0%で推移することから、2003年より60〜65年以上前(1940年以前)は日本にA型肝炎が常在し、多くの人が無症状、または軽症ですむ小児のうちに罹患して終生免疫を獲得していたこと、その後20年間でA型肝炎が減少し、それとともに抗体保有率が低下したこと、40年前(1960年代)〜2003年までは抗体保有率に影響を及ぼすようなA型肝炎の蔓延がなかったことが見てとれる。
抗体保有者と感受性者の割合の経時変化を見ると、1973年の抗体保有者は感受性者より多かったが、1984年になると同率になり、1994年では感受性者が過半数を占めるようになった。2003年になるとさらに感受性者が増加する(図1)。感受性者の年齢は年々上昇し、これを反映して中高年の患者数が増えている3) (図2)。
2010年の流行
2010年第31週(8月11日)までに報告されたA型肝炎患者(282人)の年齢分布と抗体保有率(2003年調査から推定)を図3に示した。0〜21歳は抗体保有率が低いが患者数は少ない。この年齢層はそれ以上の年齢層に比べ(1)不顕性感染が多い、(2)A型肝炎流行の原因として報告の多い食材(カキ・魚介類など生もの)の喫食や会食の機会が少ない、等が考慮される。特に、5歳以下の感染者は80〜95%が不顕性感染し1) 、リザーバーおよびスプレッダー(不顕性感染の小児による学校等のサイレント・アウトブレイク、家庭内への持ち込み、成人への感染など)としての危険性が懸念されている。
成人患者は20〜60代前半に集中しており、全体の85%(241/282人)を占めた。22〜51歳の間は抗体保有率がほぼ0%で推移し、52歳から抗体保有率が上昇する。67歳以上の抗体保有率は約70%以上で、保有率の上昇とともに患者数は減少した(21/282人)。抗体保有率が高い年齢層の患者数は少なく、HAV感染防御における免疫の効果を再確認する結果となった。
A型肝炎の予防には衛生管理とワクチン、またはヒト免疫グロブリンによる免疫が有効である。今回の流行では患者の多くが散発例であり、HAVに汚染された食品による感染が疑われた。一方で、患者との接触が原因とされるような集団感染、二次感染の報告が少ないことが、抗体保有率が低い割に爆発的な流行につながらなかった一因と考えられた。
感受性者が人口の多くを占めるわが国においては、衛生管理とともに、A型肝炎のハイリスク群(A型肝炎流行地への渡航者、患者家族、肝臓に基礎疾患を持つ人・特に中高齢者など)や周囲に感染を拡大させるおそれのある調理者等の食品取り扱い業者はワクチンで感染予防することが推奨される。
参考文献
1) World Health Organization, Department of Communicable Disease Surveillance and Response:Hepatitis A, 2000
http://www.who.int/csr/disease/hepatitis/whocdscsredc2007/en/index.html
2) Kiyohara T, et al ., Microbiol Immunol 51: 185-191, 2007
3)厚生労働省健康局結核感染症課、国立感染症研究所感染症情報センター、 感染症発生動向調査事業年報 1991〜2008年
国立感染症研究所ウイルス第二部第五室
清原知子 石井孝司 脇田隆字
国立感染症研究所感染症情報センター
中村奈緒美 島田智恵 中島一敏 多田有希