長野県におけるA型肝炎事例の疫学的分析
(Vol. 31 p. 294-295: 2010年10月号)

現在、A型肝炎は4類感染症に分類され、診断例はすべて届出が義務付けられている感染症の一つである。ここ数年間A型肝炎患者数は、全国でも毎年200例未満で推移していた。ところが、2010年の第10週以降、A型肝炎患者数は西日本を中心に急増し、第28週までに約270例に達した。この間、長野県内では3例のA型肝炎患者が続発した。本稿では、これら当県内で発生した症例における疫学調査および遺伝学的検査の結果について、概要を報告する。

疫学調査は、患者の届出のあった医療機関を管轄する保健所において、患者に直接面会し聞き取りすることによって行われた。A型肝炎ウイルス(HAV)の遺伝学的検査は、国立感染症研究所のマニュアル1) に準じ、患者糞便からRNAを抽出し、RT-PCR法を用いHAV遺伝子の一部を検出することによって実施した。さらに、PCRによって増幅されたVP1-2A領域の一部約230塩基の配列は、ダイレクトシークエンス法を用い決定し、系統樹解析などを行った。

3例のA型肝炎患者は女性2名(54歳・20歳)および男性1名(52歳)で、2010年4月29日〜5月19日にかけて発病していた()。臨床症状は、黄疸、肝機能障害、発熱、倦怠感など、A型肝炎に典型的な症状を呈していた。3例中2例(患者AおよびC)は海外渡航歴を認め、患者Aは韓国および台湾に、患者Cはフィリピンに渡航していた()。A型肝炎の潜伏期間を考慮すると、患者Aの台湾への渡航は短期間で、しかも発病直前であったことから、HAV曝露との因果関係は考えられなかった。一方、患者Cは非常に長期間フィリピンに滞在(2009年11月〜2010年5月18日)し、さらに帰国日の翌日に発病したことから、HAVによる曝露はフィリピン国内であったと強く示唆された。二枚貝の生食に関しては、患者Bのみ発病の約1カ月前に「あさりの生塩漬け」を喫食していたことが聞き取り調査で明らかになった。

A型肝炎患者3例から採取された糞便を用い、RT-PCR法を実施したところ、すべてHAV遺伝子陽性となった。さらに、PCR増幅産物の塩基配列を解読し系統樹解析を行ったところ、患者AおよびB由来株は遺伝学的に近縁で、いずれも遺伝子型IIIAに分類された()。近年韓国では若年層を中心にA型肝炎が流行し、患者から検出されたHAV株の多くは遺伝子型IIIAに属したとの報告がされている2) 。このことから、患者Aは韓国滞在期間中に、同国内で流行していたHAV株に感染した可能性が否定できないと考えられた。また、患者Bは、HAVに汚染した二枚貝を発病の約1カ月前に生で喫食したことが、感染の原因となったものと推察された。食材の遡り調査は、患者の記憶が定かではないことから実施できず、二枚貝の産地等の情報は得られなかった。

他方、患者C由来株は遺伝子型IAに分類され、ドイツにおいてフィリピン渡航者から検出されたHAV-DE-2007/08-196株(accession no. EU825856)およびHAV-DE-2007/08-218株(accession no. EU825857)と同じクラスターに属した()。また、図には示していないものの、患者C由来株はフィリピンの河川水から検出された株とも近縁であった。これらの遺伝学的解析結果は、患者Cがフィリピン国内でHAVに感染したことを強く裏付けるものであると考えられた。

2010年、わが国で流行しているHAV株の多くは遺伝子型IAに分類され、患者C由来株に近縁との解析結果が示されている。今後、さらに詳細で広範囲な遺伝学的解析と疫学解析が行われ、A型肝炎患者急増の原因が早期に解明されることを期待する。

 参考文献
1)A型肝炎検査マニュアル, 国立感染症研究所ウイルス第二部, 2006
2) Lee KO, et al ., J Bacteriol Virol 39: 165-171, 2009

長野県環境保全研究所感染症部
吉田徹也 宮坂たつ子 畔上由佳 内山友里恵 笠原ひとみ 上田ひろみ 長瀬 博 藤田 暁
国立感染症研究所ウイルス第二部
石井孝司
国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部
野田 衛

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る