症例1:患者は海外渡航歴のない26歳男性。4月下旬から発症し、発熱、黄疸、肝機能障害、嘔吐を呈した。病院でのA型肝炎ウイルス(HAV)抗体検査においてIgM陽性となり、A型肝炎と診断された。推定感染時期は3〜4月であり、本期間中に魚介類を喫食していた。
症例2:患者は海外渡航歴のない57歳男性。5月初めに発症し、発熱、黄疸、肝機能障害、肝腫大を呈した。HAV抗体検査においてIgM陽性となり、A型肝炎と診断された。推定感染時期は不明である。
症例3:患者は31歳男性。4月末〜5月上旬にエジプト・トルコに滞在しており、帰国後に発症した(発症日は不明)。症状は、発熱、黄疸、肝機能障害、肝腫大、下痢である。病院でのHAV抗体検査においてIgM陽性となり、A型肝炎と診断され、海外渡航時における感染が疑われた。
HAV検査:ウイルスの検出は患者糞便材料について遺伝子検査を実施した。検査には、西尾らのリアルタイムPCR1) 、VP1-2A領域2) およびVP3-VP1領域3) におけるnested-PCRを用いた。さらに増幅された特異的PCR産物は、ダイレクトシークエンスにより塩基配列を決定し、遺伝子系統解析により型別した4) 。その結果、検査を実施した3症例は、いずれかの方法でHAV遺伝子が検出され、異なる遺伝子型に分類された(表)。VP1-2A領域のnested-PCRで陰性となった症例1および3は、国立感染症研究所においてantigen capture等による再検査を実施し、陽性となった。リアルタイムRT-PCRで陽性となった症例1および2の糞便1g当たりのウイルスRNAコピー数は、それぞれ4.8×105 、1.7×107であった。
考 察:患者情報から、今回の3症例はHAVが経口感染したものと考えられたが、原因となった食品などの感染源は特定できなかった。また、検出されたHAV遺伝子型がすべて異なっていたことから、3症例に疫学的な関連性はなく、個別の感染によるものであると考えられた。症例1および2については、渡航歴がないことから感染地域は国内と推定された。症例1のIIIA型は、従来日本ではまれであったが、2007および2008年に韓国で検出された株(GenBank accession no. GU991288、GU991309、GU991321)と非常に近縁であった(塩基配列相同性99.6%以上)。IIIA型は韓国において2008年頃から大きく増加していることから5,6) 、今後注意を要する株であると考えられた。症例2のIA型は、世界各地で広く検出されている型であり、日本においても最も多く検出されている7) 。今回検出されたIA株は、2006年に新潟県など国内で検出されたIA株と近縁であった(data not shown)。症例3については、海外渡航時期と推定感染時期が一致すること、およびIB型が国内ではほとんど認められず、海外8-11) で検出されている型であることから渡航地域での感染が強く疑われた。IB型については2009年からトルコ産セミドライトマトを介した食中毒がオーストラリア8,9) やフランス10) などで発生しており、感染拡大が危惧されている。
今回実施したHAVの分子疫学的解析は、各症例間の関連性や感染地域の推定に有用であった。A型肝炎は潜伏期間が長く、感染源や感染経路の特定が非常に困難であるため、患者から検出されたウイルスの分子疫学的解析が原因究明に重要な情報になると考えられた。
参考文献
1)西尾, 他, IASR 23: 274-275, 2002
2)国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル, 急性ウイルス肝炎: 6-14
3) Apaire-Marchais V, et al ., Mol Cell Probes 8: 117-124, 1994
4) Robertson BH, et al ., J Gen Virol 73: 1365-1377, 1992
5) Lee KO, et al ., J Bacteriol Virol 39: 165-171, 2009
6) Yoon YK, et al ., J Clin Virol 46: 184-188, 2009
7)戸塚、IASR 21: 74, 2000
8) ProMED-mail 20090522.1917, 2009
9) ProMED-mail 20091104.3811, 2009
10) Health Protection Report 4(10), 2010
11) Petrignani M, et al ., Euro Surveill. 2010; 15(11): pii=19512
大阪市立環境科学研究所
入谷展弘 久保英幸 改田 厚 関口純一朗 後藤 薫 長谷 篤
大阪市保健所
齊藤武志 石黒正博 鎌倉和哉 吉田英樹
国立感染症研究所ウイルス第二部
清原知子 石井孝司
国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部
野田 衛