ヒトにおけるウエストナイルウイルス感染、2010年8月−ギリシャ
(Vol. 31 p. 302, p. 305-307: 2010年10月号)

2010年8月4日、ギリシャ北部Thessalonikiの感染症病院の医師からギリシャ疾病対策センター(KEELPNO)に対し、脳炎での入院患者が増加しており、通常の検査では病原体不明との報告がなされた。この報告によると、過去3年間の7月に入院した脳炎患者は平均5例であったが、2010年7月は13例と増加していた。患者の多くは65歳を超える高齢者で、ギリシャ北部のマケドニア地方中部に居住していた。同日、11名の脳炎/無菌性髄膜炎患者から血清11検体、髄液3検体が採取され、その検体の一部でウエストナイルウイルス(WNV)IgM抗体の上昇を認めた。なお、ギリシャではこれまでにヒトでのWNV感染症は報告されていなかった。この結果を受けて8月6日に保健省、KEELPNOはWNV感染症に関するアラートを出し、ギリシャ国内の医師に対してWNV感染症確定例、疑い例の全数報告を求めるとともに、マケドニア地方中部の病院において、積極的症例探索を行った。

確定例は、脳炎、髄膜炎、原因不明の発熱のいずれかをきたし、他の疾患の診断がつかない症例のうち、以下の4種類の検査のうち一つ以上が陽性であったものとした。(1)血液または髄液からのWNV分離、(2)血液または髄液からのWNV核酸検出、(3)髄液中WNV-IgM抗体の検出、(4)血清WNV-IgM抗体価高値かつIgG抗体陽性かつ中和抗体法による確認。なお、上記の臨床症状を満たし、かつ血清中WNV抗体の上昇のみ確認された症例は疑い例とした。

血清、髄液検体のWNV IgM抗体、IgG抗体は市販されているELISAキットを用いて測定した。全99検体のうち発症3日未満のウイルス血症の時期に採取された15検体に対してはRT-PCR法が行われた。

8月22日までにKEELPNOによって99例のWNV感染症が同定された。このうち81例がウエストナイル神経侵襲性疾患(WNND)をきたしていた(人口10万人当たりのWNND発生率は0.72、確定例39、疑い例42)。このうち、検索された血清77検体のすべてと髄液47検体中39例でWNV IgM抗体が陽性であったが、WNV IgG抗体が検出されたのは血清では42/77、髄液では17/47であった。血清検体と髄液検体の両方が得られた45検体のうち39検体で、その両方からWNV IgM抗体が検出された。フラビウイルスにおいて抗体の交差反応がしばしば認められるため、ダニ媒介脳炎の検索が行われたがすべて陰性であった。デングウイルスに対して軽度の交差反応が認められたが、その力価はかなり低かった。RT-nested PCR法はすべての検体で陰性であった。

最初のWNND症例は7月上旬に発症しており、7月下旬〜8月にかけて症例の増加が認められた。WNND 81症例の年齢中央値は70歳(12〜86歳)であり、多くの症例(71例)は50歳以上であった。人口10万人当たりのWNND発生率は、50歳以上では1.7人となり、50歳未満の約12倍であった(risk ratio:12.2; 95%信頼区間:4.9〜28.5)。性別は男性が81例中45例(56%)であった。居住地は30例が都市部、51例が地方であった。大多数(79例)はギリシャ北部のマケドニア地方中部の住民で、58例が川の近く、または川に挟まれた灌漑地帯に居住していた。報告例はすべて、発症前2週間以内のWNV感染症の流行地域への旅行歴はなかったが、55例で野外活動歴が確認され、うち27例が田園地帯で連日長時間屋外で過ごしていた。発症前2週間以内に輸血や臓器移植を受けた者はいなかった。

65例(うち60例が50歳以上)が脳炎または髄膜脳炎、16例が無菌性髄膜炎と診断された。多くの症例に基礎疾患があり(高血圧26例、免疫抑制状態17例、冠動脈疾患11例、糖尿病9例)、死亡例はすべて70歳以上で、高血圧と糖尿病を患っていた(8月22日までに8例が死亡し、致死率は9.9%)。

WNVに感染してもWNNDに至るのがわずかであることを考慮すると、今回のギリシャでの流行はかなり大きいものと考えられる。アテネとIoanninaの市街地における血液銀行と検体検査施設の検体を用いた抗体検査では、2005〜2007年の献血9,590検体、無菌性髄膜炎患者の髄液115検体が検討され、核酸検査法でWNV陽性となった検体は1例もなかった。一方、2007年にギリシャ中部のImathia地域の郊外住民を対象として行われた調査では、392検体のうち6例がWNV陽性であり、田園地帯ではWNVまたは類縁ウイルスが定着していると考えられた。また、2001年5月〜2004年12月まで行われたギリシャにおける動物のWNV保有率の調査(未発表)ではウマの血清7,549検体のうち302(4%)が中和法でWNV陽性であり、陽性となったウマは調査が行われた49県のうち36県に分布しており、これらの結果は、ギリシャではWNVがすでに分布、循環していることを示唆している。さらに、最近数カ月の降雨量の増加と高温多湿の環境や、マケドニア地方中部の地理的な特徴(例えば三角州、水田、灌漑地域)が、イエカの増加につながり、ヒトにおけるWNV感染症の発生につながったものと考えられた。

WNV感染例の報告を受けて、KEELPNOはギリシャ国内の医師に対して情報提供を行うとともに、検査診断の手順を含めた医療従事者向けのガイドラインを作成した。WNV感染症のサーベイランスが開始され、市民に対しても個人防護に関する情報提供が行われた。また、既に行われている蚊を対象としたWNVサーベイランスと地区レベルの蚊コントロールプログラムを強化し、保健部門と農業省の畜産部門が連携する準備を進めている。ギリシャ輸血センターでは、血液および血液製剤の安全を確保するためガイドラインを作成し、28日以内に流行地域に居住または旅行した人からの献血を28日間保留する方針とした。7月上旬までに同地域で採取された血液はPCR法でWNVの確認が行われ、すべて陰性であることを確認して使用された。献血提供者に対しては、献血から15日以内に発熱があった場合は申し出るよう情報提供された。ギリシャ移植協会も流行地域に居住または旅行した人からの臓器移植ではWNV検査を行うよう求めている。

(Euro Surveill. 2010; 15(34): pii=19644)

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る