はじめに
3類感染症の病原体のうち、腸管出血性大腸菌を除くコレラ菌・赤痢菌・チフス菌・パラチフスA菌はほとんどが国外での感染によると考えられる。しかしこれらの疾患においても、海外渡航歴や患者との接触もなく国内で感染したと考えられる症例は毎年発生し、年ごとに変化はあるが、最も多い細菌性赤痢では数十例を数える。原因は輸入食品・食材(以下、食品・食材を食品とする)と推定されるが、特定されることは極めて少ない。原因食品が残存しないため検査できないことや、食品から菌の検出が困難なこと、さらに、症例数が少ないため個発例に対して各自治体が行っている喫食調査では疫学的に推定が困難であることなどが原因として挙げられる。そこで、国立感染症研究所(以下、感染研)感染症情報センターは、感染源を同一とする広域散発事例(以下、広域事例)の発生を探知し拡大防止につなげるため、感染症発生動向調査により国内感染例として報告された症例について、報告自治体に対し感染源として推定される食品に関する追加調査を行った。その結果について報告する。
1)調査方法
対象は2007年4月以降に感染症発生動向調査で報告されたコレラ・細菌性赤痢・腸チフス・パラチフス症例のうち、推定感染地域が国内である症例について、報告自治体の担当者(地方感染症情報センター、保健所)に対し、簡易調査票および参考資料(雑誌やウェブ上で推定または確定として報告された原因食品一覧)をe-mailで送付し、回答を依頼した(一部の症例については、感染症発生動向調査での報告内容等から、調査対象外とした)。簡易調査票の質問項目は、症例の発症前1週間(コレラ、細菌性赤痢)ないし2週間(腸チフス、パラチフス)のQ1. 行事参加、Q2. (国内)旅行、Q3. 外食、Q4.以下の食品の喫食:1)輸入食品、2)冷凍食品、3)参考資料に掲載された食品、Q5.本人および家族等の渡航、そして、Q6. 保健所等の調査により特定された感染源の有無とした。同時に、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)解析のための感染研細菌第一部への菌株送付を依頼した。
2)調査結果
コレラ・腸チフス・パラチフスの国内感染例はいずれも年間数例程度と少なかったため、最も多かった細菌性赤痢の2008、2009年2年間について、簡易調査票の回答状況を示した(表)。
Q1.行事参加、Q2.旅行は「無」という回答が多く、また、両者に同じ内容を記載した回答が多かった。Q3.外食の記入に比べ、Q4. 1)輸入食品およびQ4. 2)冷凍食品では不明と明記された回答が多かった。Q6.個々の自治体における調査では原因食品が特定された事例は、2008年の集団発生事例(IASR 29: 342-343, 2008)以外にはなかった。
この調査で広域事例の可能性を疑わせる報告が散見されていた。例えば、2009年8月に、2週間で5都府県から6例のShigella flexneri の国内感染例が報告された。報告のあった都府県に速やかに情報提供を行うとともに、簡易調査票による追加調査と菌株の提供を依頼した。6例中3例はPFGE型が類似していて広域事例の可能性が高かったが、関連する食品を見出すことはできなかった。結局、調査開始以降2009年までに簡易調査票によって発見できた広域事例はなかったが、調査の推進により原因食品の特定の可能性が感じられた。なお、全国の地方衛生研究所から感染研細菌第一部に送付された赤痢菌は2008年110株(うち国内感染44株)、2009年87株(同49株)であった。
3)考 察
冒頭に述べたように、細菌性赤痢では食品から菌が検出されることは非常に困難で報告もごく稀であることから、原因食品の特定には疫学的な情報とPFGE等の分子疫学的解析を組み合わせることが、現状では最も効果的な方法と考えられる(IASR 29: 314-315, 2008)。
届出様式に基づいた感染症発生動向調査上の報告においても「感染原因・感染経路(経口感染の内容)」や「備考欄」などに原因食品などの情報が記載されている場合はあるが、簡易調査票はさらに詳細な情報が得られ、喫食した食品の回答数も多かった。個々の自治体において使用されている喫食調査票と比較すると、簡易調査票では喫食した食品に関する情報量は少ないものの、効率と全国共通の項目を知ることができることから考えると、簡易調査票を使用した調査は広域事例の早期探知に有効と考えられる。
また、質問項目については、輸入食品・冷凍食品は長期にわたり感染源となり得るため、輸入食品・冷凍食品の調査に重点を置くことは重要と思われる。実例として、2008年に福岡市を中心に発生した細菌性赤痢の集団感染事例では、疫学的調査から原因と推定された「ベトナム産の冷凍イカ」は同年2月5日に輸入されていたが、9月に回収されたのは150ケース強(1ケースは10kg)で、輸入から7カ月後であっても22%と相当の残量が存在していた(福岡市細菌性赤痢集団発生事例調査最終報告書:平成20年FETP、砂川富正、神谷元、他)。しかし、現状では前述したように今回の調査で、Q4. 1)輸入食品・Q4. 2)冷凍食品の喫食についての回答に不明の記載が多かったことから、この点に着目した聞き取りは行われていないと推測される。
一方、追加調査依頼・簡易調査票配布の時期について、患者発生から感染症発生動向調査報告、さらに感染研から簡易調査票への回答の依頼までに長い時には2週間かかっている。従って、感染症発生動向調査報告までに各保健所による症例の調査や対応が依頼時には既に終了している場合がほとんどと考えられるので、簡易調査票と参考食品一覧を予め周知しておくことが必要と考えられた。それに先立ち、一部の自治体の担当者のご協力を得て、今までの簡易調査票で質問の意図が不明瞭だったと思われる項目を改良した。改訂簡易調査票と参考食品一覧を示したので、感染研感染症情報センターから依頼があった場合にはご協力いただければ幸いである。
最後に調査にご協力いただいた各自治体の保健所、地方感染症情報センターの皆様に感謝申し上げます。
国立感染症研究所感染症情報センター
(担当:山岸、豊川、齊藤、島田、多田、伊藤)
国立感染症研究所細菌第一部(担当:泉谷)