ノロウイルス食中毒の調査・検査体制に関する研究の動向
(Vol. 31 p. 315-316: 2010年11月号)

ノロウイルス(NoV)による食中毒の患者数は全食中毒患者の半数程度を占めており、その制御が食品の安心・安全を確保する上で重要な課題となっている。ここでは、最近のNoV食中毒の調査・検査体制に関する研究の動向を紹介する。

食品からのウイルス検出法の開発
近年のNoV食中毒は、調理従事者からの食品の二次汚染を原因とする事例が多数を占めている。そのため、多種多様な食品・食材が原因となっているが、二枚貝を除き食品からウイルスが検出される例は少なく、原因食品の特定や汚染経路の究明が困難な状況にあり、食品からのウイルス検出法の確立が急務の課題となっている。2007〜2009(平成19〜21)年度食品の安心・安全確保推進研究事業「食品中のウイルスの制御に関する研究」班において、パンソルビン・トラップ法という新しい食品検査法が開発された。本法は免疫磁気ビーズ法で使用されている磁気ビーズの替わりにパンソルビン(免疫グロブリン結合性蛋白質プロテインAを持つ黄色ブドウ球菌菌体)を使用し、NoV-抗体- 菌体の複合体を形成させ、NoVを特異的に濃縮するものである。本法の特徴は、多種多様な食品に対して同一の手技で実施できること、種々のウイルスに応用可能であること、多検体処理が可能であること、安価であること、高速遠心機等特殊な機器を必要としないこと、などである。本法の最大の課題は抗血清の安定した供給体制の確立にあり、現在、その課題を克服するために検査法の改良に取り組んでいる。

食品のウイルス試験法の標準化
一方、上記の食品検査法以外にもいくつか検査法の開発の報告がある。これらの新たに開発された試験法を地方衛生研究所(地研)等で導入するためには、複数の検査機関による共同研究などにより試験法を評価し、標準化を行うことが重要であるが、わが国においてはそのことを実施する組織は存在していなかった。また、最近のNoV食中毒は二枚貝を原因とする事例が増加傾向にあるが、出荷前に自主検査で陰性となった二枚貝による食中毒事例も散見され、食品のウイルス検査に関する精度管理体制の確立が求められている。さらに、輸入食品に伴うウイルス性食中毒の発生への対応や、輸入食品の安全性確保の国際的な取り決めの必要性から、国際的なウイルスの食品検査の標準化の動きも見られている。これらの背景から、わが国の食品のウイルス検査法の標準化を行い、今後の精度管理の在り方などを議論するために、2010(平成22)年6月に「食品のウイルス標準試験法検討委員会」(http://www.nihs.go.jp/fhm/csvdf/index.htm)を設立した。本委員会は主に以下の点に関して検討する予定としている。
 (1)各種ウイルスの食品からの検出法の標準化に関すること
 (2)検査に必要な標準品に関すること
 (3)食品のウイルス検出法の精度管理に関すること
 (4)その他、食品媒介性ウイルスの食品検査に関すること

一方、食品からのNoV検出法に関しては、厚生労働省の通知法である「ノロウイルスの検出法について」[2007(平成19)年5月14日食安監発第0514004号]および国立感染症研究所(感染研)編集の「ウイルス性下痢症検査マニュアル(第3版)」がある。前者は食中毒発生時における原因究明検査、後者は感染症診断のための検査を主に意図したものである。実際の集団事例においては食中毒か感染症かの判断は困難な場合が多く、また、それぞれの検査法が異なることは、検査の効率性や実行性に問題を生じることになる。現在、感染研においては「ウイルス性下痢症検査マニュアル(第3版)」を含む病原体検出マニュアルの改訂作業が進行中である。NoVのみならず、他の胃腸炎ウイルス、A型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルスを含めた食品媒介性ウイルスの食品検査法について、これらの既存の検査法との整合性を図りつつ、作業を進めていく予定である。

NoVの塩基配列データ共有化の試み
食品流通の国際化、大規模化、広域化に伴いNoVの原材料汚染による広域散発食中毒事例の発生が危惧されている。その探知に有効な実験室内解析手法は塩基配列の比較であると考えられるが、現在、全国で検出されたNoVの塩基配列データを迅速に収集し、比較・解析するシステムはない。2008(平成20)年度食品の安心・安全確保推進研究事業「食中毒調査の精度向上のための手法等に関する調査研究」班において、全国の地方衛生研究所(地研)に対して、NoVのシークエンス検査の導入状況および塩基配列データのデータベース化等に関するアンケート調査を実施した結果、データベース化は多くの地研が望んではいるものの、データ登録に伴う業務の増大化、既存のDDBJ等との役割分担などの問題点が指摘された。そこで、2008〜2009(平成20〜21)年度の同研究班において、NoVの塩基配列データ共有化の有用性、実行性、問題点等を把握することを目的として、感染研ウイルス第二部および13の地研の協力の下、塩基配列データを疫学情報とリンクさせ、タイムリーに収集し、還元することを試行的に実施している。本研究でのデータ収集および分子系統解析は、2008(平成20)年度新型インフルエンザ等新興再興感染症「食品由来感染症調査における分子疫学手法に関する研究」によって構築されているCaliciWeb(http://teine.cc.sapmed.ac.jp/~calicinew/)のプライベートフォーラム(閉鎖環境)をプラットホームとして用いている。系統樹解析結果は、還元データとして同サイトのオープン環境に掲載しているので参照していただきたい。

本塩基配列データの共有化の中で、我々は、同一塩基配列を持つNoV遺伝子型GI/4 3株が大阪府および大阪市から登録され、2009年8月初旬に奈良市、大阪市および神戸市の同一居酒屋チェーン店3店舗で同時多発的に発生した食中毒事例を探知した。そこで、これら3事例に関連する6自治体の協力を得て、患者等から検出したNoVのカプシド領域およびポリメラーゼ領域の塩基配列の比較およびパンソルビン・トラップ法による食品からのウイルス検出を実施した。その結果、3店舗の患者の塩基配列は完全に一致し、食材の一つであるタコからリアルタイムPCR 法でGIが検出されたことなどから、当該3事例は共通の汚染食品によるNoVの広域食中毒事例であると考えられた。塩基配列情報共有化の有用性を示す例であるといえる。

V-Nus Net Japan (Virus Nucleotide Sequence Network)
広域食中毒事例の探知には、共有化された塩基配列データ(実験室内情報)を実際の疫学調査に利用できるかが重要となる。厚生労働省は食中毒の早期発見と被害の拡大防止を目的として、自治体間での情報の共有、交換を行うためのポータルサイトである食中毒支援調査システム(NESFD )の運用を2010(平成22)年4月26日から開始した。本システムでは、自治体から厚生労働省への食中毒調査報告の他、食中毒発生状況など、食中毒調査に有用な情報を掲載している。その中で実験室内情報として腸管出血性大腸菌などのPulseNetの情報とともにウイルス検査情報としてA型肝炎ウイルスの系統樹解析結果(IASR 31: 287-289, 2010参照)およびCaliciWebに還元されているNoVの系統樹解析結果を掲載し、自治体の検査担当者および行政担当者への情報提供を開始した(IASR 31: 289-291, 2010参照)。しかしながら、前述のアンケート結果にあるように、塩基配列データの共有化が広域食中毒事例の探知に実行性を持って機能する体制を構築するためには問題点が少なくない。忌憚の無い意見をいただければ幸いである。

国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 野田 衛 山本茂貴
国立感染症研究所ウイルス第二部 片山和彦 岡 智一郎
国立感染症研究所感染症情報センター 山下和予 岡部信彦
秋田県健康環境センター 斎藤博之
福井県衛生環境研究センター 東方美保
札幌医科大学・医療人育成センター 三瀬敬治
北海道立衛生研究所 吉澄志磨
宮城県保健環境センター 植木 洋
東京都健康安全研究センター 森 功次 林 志直
杉並区衛生試験所 山崎匠子
富山県衛生研究所 滝澤剛則 小原真弓
長野県環境保全研究所 吉田徹也
愛知県衛生研究所 小林慎一
大阪府立公衆衛生研究所 中田恵子
大阪市立環境科学研究所 入谷展弘
堺市衛生研究所 三好龍也
広島市衛生研究所 阿部勝彦
愛媛県立衛生環境研究所 山下育孝
沖縄県衛生環境研究所 糸数清正 仁平 稔
神戸市環境保健研究所 田中 忍
奈良市保健所 西川 篤
奈良県保健環境研究センター 北堀吉映
京都府山城北保健所 三谷亜里子
厚生労働省医薬食品局監視安全課食中毒被害情報管理室
田中 誠 熊谷優子

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