飼い猫の排膿に伴って、経皮的に腋窩リンパ節に膿瘍を生じたことが強く疑われるC. ulcerans 感染症の例
(Vol. 31 p. 331: 2010年11月号)

神奈川県在住の50代の男性。自宅で猫を飼っていた。HIV感染症の治療中であり、血中ウイルス量のコントロールは良好、CD4陽性リンパ球数は200〜300台/μlであった。小児期のワクチン接種歴は不明であり、成人してからのジフテリアトキソイド接種歴はない。

患者は、受診の5日前より呼吸苦と左前胸部腫脹を自覚し、3日前には左腋窩の腫脹に気づいた。前日より、38℃台の発熱もみられ、当院を受診した。受診時、左腋窩リンパ節が3cm大に腫脹し、可動性は良好、弾性軟であり、強い圧痛を認めた。他の表在リンパ節は、鼠頚部に1cm以下のリンパ節を触知した。受診時には呼吸器症状がなく、身体所見でも呼吸器系に異常は認めなかった。左前腕には猫に引っかかれた創の痕が残っていたが、完全に治癒していた。また胸部単純レントゲンでも有意な異常所見はみられなかった。採血では、白血球数8,600/μl、好中球数71%、CRP 5.7 mg/dl。エコーでガイドのもと、左腋窩リンパ節を穿刺したところ、膿性の白色液体が吸引された。液体のグラム染色ではグラム陽性桿菌が認められた。形態からノカルジアを疑ってミノサイクリンを処方したところ、リンパ節腫脹は再増悪した。膿の培養からCorynebacterium ulcerans が検出され、処方をエリスロマイシンに変更した(後に国立感染症研究所においてジフテリア毒素産生が確認された)。その後症状は軽快し、抗菌薬は4週間投与して中止した。

患者は、症状出現の約1カ月前に飼い猫に左前腕を引っ掻かれていた。また10日前には、飼い猫の胸部に膿瘍が出現し、自潰・排膿していたため、自ら洗ってやっていた(ただしこのときは引っ掻かれていなかった)。飼い猫以外に動物との接触はなかった。また同居の家族には同じ症状はなく、周囲の人にもみられなかった。

患者周囲の環境調査を行った。患者は家族と同居している。この同居家族の咽頭スワブからはC. ulcerans 菌は検出されなかった。また、患者宅には多数の猫が常時自宅の内外を行き来できる状態で飼育されていて、主に患者がこれらの猫への給餌を受け持っていた。このように患者は、自宅に出入りする猫たちと常に接触する機会が多い。これらの猫の中には、涎や鼻汁を流すなどの症状を示すものが見られた。飼育猫について、口腔内スワブや鼻水ふきとりを実施し、C. ulcerans の分離を試みた。その結果、1匹の猫の鼻汁および口腔内スワブより、毒素産生性のC. ulcerans を分離した。

本邦では現在まで6例のC. ulcerans によるヒトへの感染が確認されている。呼吸器症状を伴っていないのは本例だけであり、リンパ節病変のみを有していた。ジフテリアトキソイドの未接種者または低免疫者がこの菌による感染症を生じると重症化のおそれがあり、今後注意が必要である。

 参考文献
1) IASR 31: 203-204, 2010
2) Euro Surveill. 2010;15(31): pii=19634

横浜市立市民病院感染症内科 吉村幸浩
国立感染症研究所・細菌第二部 山本明彦 小宮貴子

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