インターネットリサーチを用いたアタマジラミ症の実態調査
(Vol. 31 p. 350-351: 2010年12月号)

対象および方法
インターネットリサーチを利用し、わが国で初めて、全国規模の一般生活者集団を対象としたアタマジラミ症に関する横断的実態調査を行った。調査票は民間インターネットリサーチ会社によってウェブサイト上で回答する形式で作成された。このリサーチ会社に登録されているモニター集団(55万世帯)から無作為抽出された12万世帯に調査協力依頼したところ、57,100世帯から同意が得られた。この57,100世帯でシラミ症を2年以内に認めたものは1,334世帯(2.34%)であり、この1,334世帯の中から296世帯を無作為抽出し、本調査を2006年12月の5日間に実施した。

結 果
有効回答が得られた 205世帯のうち、1年以内にシラミ症を認めたのは172世帯(83.9%)、アタマジラミ症を認めたのは148世帯(72.2%)であった。

この結果から、わが国の年間アタマジラミ症世帯発生率は1.68%であり、さらに2006年の世帯数を49,296,000世帯として1) 算出すると、アタマジラミ症発生世帯数は約83万世帯/年と推定された。月別のアタマジラミ症発生世帯数(有効回答147件)はピークを7月と11月に持つ二峰性の分布を示した(図1)。

148世帯のうち141世帯(95.3%)は未成年者が同居する世帯であり、また88世帯(59.5%)は複数のアタマジラミ症患者を認めた。未成年初発患者の推測された感染経路として、幼稚園・保育所・小中学校が54世帯(70.1%)と7割を占めるものの、スイミングスクールなどの習い事(14.3%)や銭湯などの公共施設(2.6%)もあげられた(図2)。アタマジラミの感染経路は直接的な頭部の接触が主な要因であるが、集団生活の場で寝具、タオル、帽子、ロッカー等を共用することによっても感染する。しかし、プールや銭湯等の水を介して感染する可能性は極めて少ないとの実験結果が報告されており2) 、実際は前後のロッカー室での着替えやタオルの貸し借りなど、直接・間接的に頭髪が接触する機会に感染が起こっているものと考えられる3) 。

駆除に際してピレスロイド系薬剤を使用したのは117世帯(79.1%)であり、このうち処置終了後もシラミを見たと答えたのは10世帯(8.5%)で、さらに駆除剤が無効だったと回答したのは1世帯であった。このことから、わが国のアタマジラミのピレスロイド系薬剤に対する抵抗性の発達は多く見積もっても8.5%と推定された。

居住地域周辺におけるアタマジラミの流行状況の情報源についての質問では(複数回答可)、小中学校が72.3%(81世帯)、保育園・幼稚園が45.5%(51世帯)、知人・近隣住民が19.6%(22世帯)、スイミングスクールなどの習い事が6.3%(7世帯)、美容・理容院が4.5%(5世帯)で、保健所など公共機関を通じて情報を入手したのは1世帯のみであった。この結果は、各自治体において環境衛生監視員等が中心となってシラミ症に関するパンフレット等を作成して啓発を行っているにもかかわらず、アタマジラミ症が発生した世帯にとっては保健所の役割が明確でないことを示している。多くの世帯が学校等の教育機関や近隣住民からの情報に頼っており、今後の啓発活動の可能性としては、教育委員会、医療機関、美容・理容組合など広範な連携・協力体制を確立してゆくことが重要と思われる。

また、集団内でアタマジラミ症患者が発見された場合、駆除対策を一斉に実施することが大切であるが、アタマジラミ症の発生があった世帯のうち、58.8%(87世帯)が駆除終了までに発生源と思われた施設や居住地域の保健所へ相談しておらず、連絡しなかった理由として、約半数の世帯(49.4%、43世帯)が「連絡する必要を感じなかった」と回答しており、発生源として疑われたくなかった(24.1%、21世帯)、子どもがいじめられるのが心配だった(24.1%、21世帯)、知られるのが恥ずかしい(20.7%、18世帯)等の個人的な理由を上回っていた。この結果から、シラミ症に関する偏見や周囲から疎外されることを恐れて報告しないというよりも、シラミ症自体に公的な届出義務がないので保健所等公共機関に積極的に連絡しようという動機がそもそも患者発生世帯にないという背景がうかがわれた。

まとめ
今回の調査では、わが国の一般生活集団におけるアタマジラミの寄生率や、ピレスロイド系薬剤に対する抵抗性の発達は、諸外国に比べ低値であったが、現在わが国では公的にアタマジラミ症の実態を把握することが困難なため、今後もこのような横断調査を定期的に行い、アタマジラミ症の増減について動向を観察していくことが必要と思われる。保健行政は教育委員会との情報共有・連携体制を強化し、地域レベルでの啓発・対策のあり方を検討してゆく必要があると考えられた。

なお、本調査から年間の推定アタマジラミ症発生世帯数(約83万世帯)は、わが国におけるシラミ駆除剤の年間販売数とほぼ一致した。

 参考文献
1)国立社会保障・人口問題研究所,日本の世帯数の将来推計(全国推計)−2000(平成12)年〜2025(平成37)年−,33pp, 2003
2)冨田隆史,生活と環境 44: 44-48,1999
3) Canyon D and Speare R, Int J Dermatol 46: 1211-1213, 2007

国立感染症研究所昆虫医科学部 関 なおみ*  小林睦生
 *東京検疫所

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