わが国におけるアタマジラミのピレスロイド系駆除剤抵抗性の発達状況
(Vol. 31 p. 352-354: 2010年12月号)

背 景
日本では現在、アタマジラミ駆除薬として、ピレスロイド系のフェノトリンを有効成分とする粉剤とシャンプー剤のみが利用可能である。それぞれ、1981年と1998年に販売が始まり、いずれも第二類医薬品であり、市中の薬局で購入する。医科向けの薬剤はない。ピレスロイド系化合物は、他の合成殺虫剤に比してヒトへの低毒性とシラミ駆除への卓効性を示すことから、世界的に見ても1970年代より主要なアタマジラミ駆除薬として利用され続けてきた。外国におけるアタマジラミのピレスロイド抵抗性の事例は1990年代から報告されている1) 。

国立感染症研究所昆虫医科学部では首都圏で採取されたアタマジラミのフェノトリン感受性を2001〜2006年にかけて調査し、殺虫試験により3つの抵抗性コロニーを確認している(試験コロニー数27)。これらの抵抗性コロニーは、感受性コロモジラミ系統で示されたフェノトリンLC 99濃度の2倍〜64倍の濃度ですべて生残するレベルの感受性低下を表した(試験個体数18)2) 。また、これらの抵抗性個体は、共通して、ピレスロイド系殺虫剤の作用点である電位感受性ナトリウムチャンネル(VSSC)に四重アミノ酸置換(D11E-M850I-T952I-L955F)が生じる突然変異遺伝子をホモ接合で保有していた3) 。これらの変異のうち、D11Eを除く3つの変異のそれぞれが感受性の低下に効果をもつことが電気生理的研究で確かめられている4) 。

調査方法
われわれは、2006年以降に採取されたアタマジラミ試料に基づき、ピレスロイド作用点に関する抵抗性遺伝子の保有について全国的な調査を行った。

シラミ試料の収集に際しては、本調査の要領を国立感染症研究所ウェブサイト5) に掲載した上で、おもに皮膚科医師のメーリングリスト・集会を通じて文書・口頭により依頼した。また、沖縄県下の約200医療施設に向けては2009年下半期に郵便物により依頼した。

送付試料の死んだシラミよりDNA抽出を行い、VSSC配列を対象とするmultiplex PCRを行い、四重アミノ酸置換変異に関わる各塩基座位につきSNaPshot法(一塩基伸長法)に基づく分子ジェノタイピング6) を行った。

調査結果
2006〜2009年の4年間に、31都道府県に由来する519コロニー分(1,254頭)の試料を試験した結果、抵抗性遺伝子を含むコロニーの比率(抵抗性コロニー率)は8.5%であった(表1)。抵抗性遺伝子は、例外なく先に述べた四重突然変異型であり、ホモ接合体として検出される場合がほとんどであった。保護者より直接送付された試料(64コロニー分)に限ると抵抗性コロニー率は25%であり、抵抗性の疑いのある試料を保護者が自ら提供する傾向が認められた。保護者直接提供分を差し引いた抵抗性コロニー率は6.2%と減じて表される(表1)。

2010年も全国調査を継続中であり、沖縄本島に関しては、2008年〜2010年8月までに、12市町村より33コロニー分(82頭)の試料を試験した。その内訳は、うるま市(試験コロニー数1)、浦添市(13)、北谷町(1)、中城村(1)、西原町(1)、読谷村(1)、北中城村(1)、南風原町(2)、那覇市(8)、南城市(1)、名護市(2)であり、うち5コロニー分が保護者より直接提供された試料であった。試験の結果、すべての沖縄本島コロニーが抵抗性遺伝子(四重突然変異型)を保有していた。これらの抵抗性遺伝子は、ヘテロ接合体としてのみ検出された1つのコロニーを除き、他のすべてのコロニーでホモ接合体として検出された。全国調査の結果(2006〜2009年)から沖縄県由来の資料(2008年と2009年の計9コロニーが該当)を除くと、全国の4年間通算の抵抗性コロニー率は6.9%に減じて表される。

考 察
アタマジラミのVSSC抵抗性遺伝子の分子ジェノタイピングは、少なくともT952Iを生じるアミノ酸座位を共通の対象として、他の5カ国(米国、英国、デンマーク、フランス、オーストラリア)における併せて13の地域で行われている7-10) 。これらの調査結果によると、抵抗性遺伝子頻度は5カ国に及ぶ12の地域で50%以上(同5カ国に及ぶ9地域では80〜100%)と推定されている。一方、米国・英国産のピレスロイド抵抗性コロニーは、日本で検出されたものと同一の四重変異を運ぶVSSC抵抗性遺伝子を保有していたことが明らかになっている11) 。さらに、これらの国々に比べ日本(沖縄県を除く)における抵抗性コロニー率が著しく低いことを考慮すると、四重変異を集積した抵抗性遺伝子は、国外で生じ、ピレスロイド系駆除剤の選抜により国外で蔓延してゆく過程で日本にも遅れて移入し、国内でも同様の選抜により拡散しつつあるもの、とみなされる。

駆除対策への提言
本調査の結果で示したように、沖縄県を除く地域ではピレスロイド感受性コロニーが優勢であることから、現時点ではピレスロイド系駆除薬の利用は現実的な対応策といえる。その場合には、抵抗性コロニーの存在を考慮し、1クール分の駆除薬を使用書通りに使い終えた後に、駆除の成否を梳き櫛でシラミを梳き取る方法により確かめることが必要といえる。その際、正しい駆除薬の使用にもかかわらず生きたシラミが確認される場合は、抵抗性が疑われるので、シラミ駆除専用の梳き櫛を利用して物理的な駆除を行うべきである12) 。梳き櫛を駆除に利用する際には、駆除成功までにかかる時間と労力が寄生数、髪の長さ、くせ毛などの条件により左右されることに注意が必要である。

製薬会社、薬局、保健所、学校、幼児施設、医療施設などにおいては駆除薬抵抗性の情報を積極的に啓発することが必要である。アタマジラミの繁殖様式からは、小さな規模のコミュニティまたは学校・幼児施設のレベルにおいて局地的に抵抗性が蔓延している可能性も十分考えられる。そこで、駆除薬を使用した際には、保健所、学校、幼児施設、医療施設などでは駆除効果を注視する必要がある。

ヨーロッパ、北米、オーストラリアなどの国々では、ピレスロイド抵抗性にも有効であり、作用機作の異なる新規駆除薬が普及しつつある13) 。本調査で明らかになった沖縄県におけるピレスロイド抵抗性の蔓延を考慮すると、日本においても早急な新規駆除薬の導入が望まれる。

 参考文献
1) Mumcuoglu KY, et al ., Med Vet Entomol 9: 427-432, 1995
2) Tomita T, et al ., In Clark JM, Ohkawa H (eds): Environmental fate and safety management of agrochemicals. pp 234-243, 2005
3) Tomita T, et al ., J Med Entomol 40: 468-474, 2003
4) SupYoon K, et al ., Insect Biochem Mol Biol 38: 296-306, 2008
5)国立感染症研究所昆虫医科学部、アタマジラミを送ってください、http://www.nih.go.jp/niid/entomology/headlice/headlice.html
6) Kasai S, et al ., J Med Entomol 46: 77-82, 2009
7) Gao J, et al ., Pestic Biochem Physiol 77: 115-124, 2003
8) Kristensen et al ., J Med Entomol 43: 533-538, 2006
9) Durand R, et al ., J Med Entomol 44: 796-798, 2007
10) Kwon DH, et al ., J Med Entomol 45: 912-920, 2008
11) Lee S, et al ., Pestic Biochem Physiol 75: 79-91, 2003
12) 東京都豊島区、資料編「アタマジラミ駆除方法の手引き」、 http://www.city.toshima.lg.jp/koho/hodo/2002/001672.html
13) Burgess I, Curr Opin Infect Dis 22: 131-136, 2009

国立感染症研究所昆虫医科学部
冨田隆史 葛西真治 駒形 修 小林睦生
国立感染症研究所ハンセン病研究センター
石井則久
琉球大学医学部皮膚科
上里 博 平良清人
沖縄県衛生環境研究所衛生科学班
平良勝也 岡野 祥

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