人工膜吸血法による塹壕熱病原体のコロモジラミ体内での増殖動態の解明
(Vol. 31 p. 357-358: 2010年12月号)

背 景
コロモジラミが塹壕熱の主要な媒介昆虫であることは広く知られているが、これまでコロモジラミ体内における病原体(Bartonella quintana )の増殖動態や糞中への排泄について定量的に解析されたことがなく、不明な点が多かった。

そこで、私たちは独自に開発した人工膜吸血装置を用いてB. quintana をコロモジラミに感染させ、体内での増殖や糞への排泄を経時的に解析した。

方 法
実験には1954年に北海道札幌市内で採取され、その後50年以上にわたって室内飼育されたコロモジラミ(NIID系統)を用いた。また、コロモジラミへのB. quintana の感染およびその後の飼育には葛西らが2003年に考案した人工膜吸血法を用いた1) (図1)。

ヒツジ血液寒天培地で培養したB. quintana (Hassani系統)をリン酸緩衝液で回収し、うち50μlを1mlのヒト血液と混合した後、人工膜吸血装置を用いてシラミに吸血させた2) 。シラミ1個体当たり 2.1×104個の菌体を摂取させたのち、3週間非感染血液で飼育しながら体内の菌数をリアルタイム定量PCR法により経日的に定量した。この時用いたPCRプライマーは、B. quintana のリボゾームDNA(ITS 領域)よりデザインした。また、毎日10個体をプラスチックチューブ内に隔離して排泄した糞を回収し、そこから抽出したDNAを鋳型として、同様にリアルタイム定量PCRを行うことで、糞中に排泄されたB. quintana 菌数を定量した。

結果と考察
体内の菌数はいったん減少し、3日目にシラミ1個体当たり2.0×103個まで減少した後、一転して急激に増殖を始め、17日目には1.3×108個/虫体に達した(図2)。この2週間の間にB. quintana は65,000倍に増殖した計算になる。ここから計算したシラミ体内でのB. quintana の倍加時間は21.3時間と算出された。

一方、糞中に排泄されたB. quintana は体内における増殖動態と同様に感染後数日間は減少し続け、4日目に1.0×103個/1個体の排泄物/日以下になった後、一転して対数的な増加傾向を示し、感染後約15日目でピークに達した(1.0×107個/1個体の排泄物/日)。その後、少なくとも感染21日後まで糞中に排泄される菌体数は高い値を維持した(図2)。また、回収した糞を再び血液寒天培地上で培養した結果、コロニーの形成が認められた。さらにそのうち3コロニーを選別し、二次培養を行った後、菌体を回収し、PCRを行ったところ、B. quintana 遺伝子が検出されたことから、菌体は感染可能な状態で糞中に排泄されていることが明らかになった。

感染吸血後のコロモジラミを解剖し、消化管を走査型電子顕微鏡で観察した結果、中腸内腔の微絨毛近くにバルトネラ菌が観察されたが、少数は上皮細胞内にも認められた。また、排泄物を電顕観察した結果、バルトネラ菌がメッシュ状の構造物(バイオフィルム)を形成して糞中に存在している様子が観察された(図3)。このバイオフィルムの形成は菌体の長時間の生存に関与していることを示唆した論文が報告されており3) 、また糞として排泄されたB. quintana は1年間、感染可能な状況で生き続けるという報告もあることから4) 、バルトネラ菌に関しても同様の役割を担っている可能性が示唆された。

以上の結果から、吸血によって体内に取り込まれた塹壕熱病原体B. quintana は感染後少なくとも17日目までは急激に増殖し続けるとともに、感染可能な状態で、糞とともに少なくとも3週間は大量に排泄され続けることが明らかになった。これまで塹壕熱は、糞中に含まれる病原体が、掻破した皮膚より浸入することで感染が成立すると考えられてきたが、今回の実験結果から得られた、糞中に大量に排泄された菌の存在はまさにそれを裏付ける結果となった。塹壕熱の流行を防ぐためには、媒介昆虫であるコロモジラミの徹底した駆除が必須であることは言うまでもないが、さらに流行の拡大を防ぐためには、衣類や寝具に付着したコロモジラミの排泄物の扱いに十分な注意を払うことが重要である。また、そのことが、ホームレスや塹壕熱患者に接する機会のある医療従事者や保健所職員への偶発的な感染を防ぐことにもつながるといえる。

参考文献
1) Kasai S, et al ., Med Entomol Zool 54: 343-351, 2003
2) Seki N, et al ., Am J Trop Med Hyg 77: 562-566, 2007
3) Carron MA, et al ., J Gastrointest Surg 10: 712-717, 2006
4) Kostrzewski J, Bulletin de l'Academie Polonaise des Sciences (Médecine) 7: 233-263, 1949

国立感染症研究所昆虫医科学部
葛西真治 関 なおみ 佐々木年則 駒形 修 冨田隆史 小林睦生

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