メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:ヨーロッパにおける疾病負担と対策の課題
(Vol. 31 p. 361-362: 2010年12月号)

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症はEUで毎年15万人罹患し、3億8千万ユーロの過剰医療経費が生じていると推定されている。近年では医療関連MRSA(healthcare-associated MRSA: HA-MRSA)に加えて、市中感染MRSA(community-associated MRSA: CA-MRSA)や家畜関連MRSA(livestock-associated MRSA: LA-MRSA)が多くの国で問題となってきている。この総説は、MRSA感染症が医療施設と地域に与えている影響と疫学の変化に伴う脅威を記述し、サーベイランスと予防における未開拓のニーズを明らかにすることを目的としている。

方法は、2001〜2009年の間に発表された英語論文をPubMedで検索し、MRSA感染症の疫学とその影響、新しい宿主とコントロールの試みについて検討した。

MRSA感染症の疫学とその影響:近年のMRSA感染症全体の問題点は、黄色ブドウ球菌感染症に占めるMRSA感染症の比率上昇、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)と比較した侵襲性MRSA感染症死亡率の高さ、MSSAと比較したMRSA感染症にかかる過剰医療経費である。

・HA-MRSA:HA-MRSA感染はMRSAの古典的な伝播様式であると考えられていた。リスクファクターは入院、長期療養施設入所、高齢者介護施設入所、体内留置器具の存在、慢性創、先行する抗菌薬使用歴である。主な耐性機構はmecA遺伝子のカセットクロモゾーム(SCCmec )を介した導入であり、multi-locus sequence typing(MLST)により5種類のclonal complex(CC): CC5、CC8、CC22、CC30、CC45に分類される。黄色ブドウ球菌全体に占める割合は5%未満の国から50%以上までと幅広い。効果的な対策を行っている国では、侵襲性MRSA感染症の割合は減少している。

・CA-MRSA:初めて報告されたオーストラリアや米国と比較して、EUでは比較的稀である。リスクファクターは保菌者との接触、集団施設居住、不衛生、物品共有、接触スポーツであるが、EUにおける最大の要因は流行国への渡航である。主な耐性機構はPanton-Valentine leukocidin(PVL)産生遺伝子を持つIV型のSCCmec を介した導入であるが、米国で優位なST8/SCCmec IVクローンよりも、ST80/t044/SCCmec IVクローンが多く見られる。MRSA全体に占める割合はスペインやドイツでは1〜2%と低く、デンマークやスウェーデンでは29〜56%と高いが、スカンジナビア諸国はHA-MRSAの頻度が少ないことを考慮する必要がある。また、外来患者の黄色ブドウ球菌感染症に占めるMRSAの割合は、イタリアが6%、ドイツが14%、フランスが18%、ギリシャが30%となっている。

・LA-MRSA:動物、特に家畜に対するMRSA定着の影響が明らかになったことから注目されている。多くの動物で定着が報告されているが、MRSA感染症を発症した動物はブタとウマだけである。耐性株は、テトラサイクリン耐性を持つMLST CC398株がブタ、ウシ、家禽などで報告されている。ヒトに対する影響は現在研究中であり、これまで幾つかの報告がなされている。CC398株のブタでの陽性率が高い地域では、院内感染に大きな影響を与えている可能性が指摘されている。オランダの報告では、ブタの陽性率が高い地域の病院はMRSA罹患率が3倍上昇し、ドイツの報告では、陽性率が高い農場を有する地域の病院は入院時MRSA定着患者の22%が農場由来の株であったとしている。また、CC398株の院内感染症事例の報告があり、さらに同株はヒトに対して心内膜炎、軟部組織感染症、人工呼吸器関連肺炎など重症感染症を引き起こすことが報告されている。MRSAに占めるCC398株の割合はドイツで0.3%、オランダで41%とされている。食肉汚染については、オランダからウシ10.6%、ブタ10.7%、トリ16%であり、多くはCC398株であったと報告されている。汚染食品からの食中毒事例報告は少なく、現段階でMRSA伝播や感染症の原因としてあまり重要ではないと考えられる。

新しい宿主とコントロールの試み:近年の多面的な介入により、多くのEU諸国で血流感染症に占めるHA-MRSAの頻度は低く保たれている。具体的には、フランスは16年間で手術部位感染症30%、血液培養からのMRSA検出率の20%の減少、ベルギーは2004〜2008年で黄色ブドウ球菌に占める割合を25〜30%、罹患率を100入院当たり3.2→1.6の減少、イングランドは2003〜2004シーズンを基準としてMRSA菌血症の頻度を半数にすることを国が定め、5年後に62%の減少を達成している。一方、急性期病院と長期療養施設でHA-MRSAの影響は増している。長期療養施設入所者の保菌率は、ベルギー2〜43%、ドイツ1%、スペイン16%、フランス38%、英国5〜23%となっており、急性期病院と長期療養施設間での循環は大きな問題である。

また、米国より頻度は低いものの、CA-MRSAの拡がりは重要な問題である。サーベイランスと予防に関する戦略はまだ未整備であり、今後の改善が必要とされる。

LA-MRSAの影響はCA-MRSAに比較してまだ低いが、家畜との接触による潜在的なリスクをガイドラインで述べるべきである。

まとめ:今後は、効果的なMRSAコントロール戦略の体系的評価とガイドラインの見直し、長期療養施設におけるCA-MRSA、LA-MRSA、HA-MRSAの予防とコントロールに対する助言、異なる組織に属する医療機関のMRSA拡大コントロールのための協力活動、国境を越えたMRSA拡大コントロールに向けたEU諸国間の協力活動が必要である。

(Euro Surveill. 2010; 15(41): pii=19688)

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