岩手県では、主として津波による死亡者および行方不明者が6,673名にのぼり、297カ所の避難所に48,630名が集団生活を余儀なくされた。同県は、4月6日に岩手医科大学の発案により発足した「いわて感染制御支援チーム(Infection Control Assistant Team of Iwate:ICAT)」と連携し、大規模避難所での感染症のまん延防止活動を重点的に行うことにした。ICATは、平素からの感染制御活動を通じて面識があった医師、看護師、薬剤師、検査技師により構成され、4つの班が(1)宮古市・山田町地区、(2)釜石市・大槌町、(3)大船渡市、(4)陸前高田市のそれぞれの地区を担当した。4月13日からは、2004年のスマトラ島沖津波災害での教訓を基に防衛医学研究センターで開発された症候群サーベイランス・システム(Daily Surveillance for Outbreak Detecting:DSOD)が稼働し始めた。これは避難所を中心に通信の復旧作業を進めていた携帯端末会社の全面的な協力によって、即時のデータ入力・還元が可能となったもので、世界初のITを駆使した産官学共同のシステムである。避難所においてタブレット型多機能通信端末を用いてサーベイランス・データを入力すると、防衛医学研究センターにデータが集計され、その日のうちにインターネット上の地図情報として還元されるというものである。このシステムは、被災者の受療行動や医療支援チームの活動性に影響を受ける診療実績よりも、直接的に避難所での疾病動向を把握することができ、ICATや他の医療救護班や保健活動班等の感染制御の介入をより容易にし、被災者や現地の関係者の感染症予防意識の高揚に繋がったこと等の効果が得られた。サーベイランス開始から3週間後には20カ所以上の避難所が参画し、6月上旬まで続いた。7月には仮設住宅の整備にともない大規模避難所が閉鎖され、サーベイランス対象となる施設数は減少した。8月16日のサーベイランス終了までに、延べ1,661施設(施設避難者延べ数は232,149名)が本システムに参加した(
図1、
表1)。
症候群区分は、(1)急性胃腸症候群、(2)急性呼吸器症候群、(3)急性発疹・粘膜症候群、(4)急性神経・筋症候群、(5)皮膚・軟部組織感染症、(6)急性黄疸症候群、(7)インフルエンザ(インフルエンザ様疾患を含む)とした。
サーベイランス期間中、急性呼吸器症候群が延べ2,069名と最も多く、次いで急性胃腸症候群が338名、急性発疹・粘膜症候群およびインフルエンザがそれぞれ102名と報告された。急性呼吸器症候群の多くは、避難所環境(寒冷、乾燥、アレルギー疑い)に関連した非特異的なもので、原因の如何を問わず大規模な集団発生とはならなかった。インフルエンザ対策としては、県としての統一的な避難所対処方針を作成・配布するとともに、インフルエンザ発生時には家族単位での別室管理や必要に応じオセルタミビルの予防投与(県備蓄分)等を行い、集団発生を未然に防ぐことができた。7月下旬からは、全国的な流行を反映してか手足口病の散発がみられたが、全期間を通じて急性黄疸症候群は報告されなかった(図2)。
本サーベイランスでは、データ入力者の交代等の理由によって、特定の流行を連続的・継続的に把握するには至らなかったが、被災地ごとの発生を避難者1,000人対の発生数で表現し、比較することができる。陸前高田市では、急性呼吸器症候群(非特異的)、急性胃腸症候群(ノロウイルスによる)が多く見られたが、粉塵曝露歴などとの関連は確認されていない(図3)。なお、新規患者発生数をみる発症曲線と区別するために、各症候群の発生数をヒストグラムでなく折れ線グラフで表現している。
加來浩器1 松舘宏樹2 工藤啓一郎2 野原 勝2 小石明子3,9 外舘善裕4,9 福田祐子4,9
中島佳子5,9 岩渕玲子5,9 吉田裕子6,9 高橋幹夫6,9 加藤博孝6,9 石川泰洋7,9 吉田 優8,9
小野寺直人8,9 櫻井 滋8,9
1.防衛医学研究センター、2.岩手県保健福祉部、3.岩手県立中部病院、4.岩手県立中央病院
5.岩手県立胆沢病院、6.岩手県立磐井病院、7.岩手県立千厩病院、8.岩手医科大学附属病院
9.いわて感染制御支援チーム
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