調査方法
集団発生の確認として、避難所における嘔吐・下痢症の受診者数調査を行った。2011年4月7日以降に受診者の大幅な増加を認め、3名の便検体からノロウイルスが検出されたことから、本事例はノロウイルスによる嘔吐・下痢症集団発生事例と判断して調査を進めた。
症例の記述疫学を行うにあたり、下記のような症例定義を作成した。
「2011年3月25日以降にビッグパレットふくしまの救護所を受診した者のうち、嘔吐または1回以上の下痢(軟便を含む)を有し、かつ、制吐薬、整腸薬または止寫薬を処方された者」
また、集団発生時における避難所内の状況を把握するため、聞き取り調査と避難所内の観察調査を実施した。分子疫学的解析は、郡山市保健所および福島県衛生研究所により病原体の同定と構造遺伝子の塩基配列解析がなされた。また、感染拡大防止策の実施状況に関する公衆衛生対応のまとめを行った。
調査結果
症例定義に合致した212例の流行曲線は、2011年3月25日〜4月6日まで基本的に2例以下で推移し、4月7日以降は直線的に増加した後、4月10日をピークとして急激に減少した(図)。4月16日以降は、19日まで4日間連続して2例以下が継続した。避難者1,000人当たりの罹患率は35(4月10日)が最多であった。地理的分布は、居住情報が入手可能であった 189例のうち、1階99例、2階50例、3階40例であり、各階の推定発症率はそれぞれ1階10.6%、2階12.0%、3階 8.2%であった。また、嘔吐を認める患者周囲から、より閉鎖的な空間(1階:コンベンションホール、2階:レストラン、3階:中会議室)に住む避難者へ拡大した傾向が認められた。年齢分布は、0〜5歳2%、6〜18歳12%、19〜64歳50%、65歳以上36%であり、推定発症率は、0〜5歳4.2%、6〜18歳11.9%、18〜64歳10.1%、65歳以上15.8%であった。
分子疫学的解析は3例で実施され、いずれもノロウイルス、genogroupII、genotype 4(GII/4)であり、同一の塩基配列であった。これらの株は、2011年に郡山市内で検出されたノロウイルスGII/4と相同性が高かった。
聞き取り・観察調査からは、
・流行初期の各階は過密状態であり、汚物や汚染物の処理が不適切であったこと
・手指衛生は十分に遵守されていなかったこと
・生活用水の大半は共用トイレの水道を利用していたが、当初はトイレ清掃が不十分であったこと
・乾燥してカーペットや毛布から粉塵が発生しやすい状態であったが、換気設備が不十分であり、効率的な換気を行うことが難しい状況であったこと
などが明らかになった。
集団発生後の公衆衛生対応は、感染拡大防止に重要な手指衛生と環境清掃への努力は十分になされており、集団発生の探知と介入は適切なタイミングで迅速に実施されていたと判断できた。重要な衛生対策は実施されていた一方で、個人の持ち込み食品の管理体制および居住環境の改善は継続した課題であると考えられた。
まとめ
本事例は、救護所受診者に占める嘔吐・下痢症患者の割合、毎日の罹患率、発症率から避難所に与えたインパクトは非常に大きかったと考えられる。全体の流行曲線は症例数が直線的に急増してピークを迎え、各階もほぼ同様の傾向を示していること、人−人感染の直接的・間接的原因となり得る感染経路への介入後に新規発症者の急激な減少を認めていることから、感染伝播様式は人−人感染によるものが主であったと推定された。一方、初発症例の感染経路については評価ができなかったが、郡山市内の流行株が何らかの形で初発症例に感染し、避難所内に持ち込まれた可能性が示唆された。手指衛生の徹底と必要な衛生用品の設置、清掃と環境消毒の徹底が、集団発生の探知から2日以内に実施されたことが、事例の早期終息に寄与した可能性があると考えられた。4月16日以降は流行閾値以下の発症数に留まっていたことから、潜伏期間の2倍以上が経過した4月20日に本事例は終息したと判断した。
被災地避難所における感染症対策は、各種資源が限られていること、避難所ごとに背景が異なることから一律的な対応は難しい。標準予防策の啓発活動と必要な衛生物品の配備、避難所内における症候群ごとの発生者の動向把握、集団発生疑い時の速やかな情報共有・評価と一斉の公衆衛生的介入は、本事例が示すように対策上の重要点と考えられた。
謝 辞
今回の調査は多くの関係者の協力により実施された。特に全国の協力自治体・医療機関から派遣された保健師・看護師の皆様、富岡町・川内村・郡山市・福島県(県衛生研究所を含む)の関係者の皆様に心から感謝いたします。
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP) 関谷紀貴
国立感染症研究所感染症情報センター 砂川富正 安井良則 谷口清州
福島県郡山市保健所 阿部孝一