JANISデータからみた薬剤耐性菌の分離状況と薬剤耐性菌による感染症の発生状況
(Vol. 32 p. 3-4: 2011年1月号)

厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)検査部門は、医療機関における主要菌の分離状況や薬剤耐性パターンの動向を明らかにすることを主な目的としている(表1)。一方、全入院患者部門は参加医療機関に入院中のすべての患者を対象としており、システム更新後は感染症法に規定されている5種類の薬剤耐性菌による感染症を発症した患者に関するデータを収集・集計・解析している。2009年分までの検査部門と全入院患者部門の公開情報から、わが国における薬剤耐性菌の発生状況および薬剤耐性菌による感染症の発生状況についてまとめた。

1.検査部門
2000年のJANIS開始当初、検査部門では血液・髄液検体の培養結果のみを収集していたが、2007年7月のシステム更新により、細菌検査に関わる全データを収集することとなった。システム更新前の参加医療機関数は約250医療機関で、年間約3万株の血液・髄液検体分離菌を対象として解析を行っていた。システム更新後、対象検体が全検体となり、さらに参加医療機関数が約2倍に増えたため、2009年の解析対象となった菌株は 499医療機関で分離された約 255万株(うち血液検体より分離された株は約10万株である)と大幅に増えた。システム更新前後で参加医療機関数や対象とする検体が大きく異なるため、公開情報の経時的推移の解釈には注意を要する。

グラム陽性菌Staphylococcus aureus に占めるメチシリン耐性株(MRSA)の割合は2001年以降2009年まで、59%〜67%の間を推移しており、毎年若干の変動はみられるものの全国的に明らかに上昇している傾向はみられず、ほぼ平衡状態に達していると思われる。バンコマイシン(VCM)耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)については、これまで確認されていない。

一方、VCM耐性腸球菌(VRE)と呼ばれるグリコペプチド系抗菌薬耐性の腸球菌は、血液・髄液検体のデータのみ収集していた2007年以前はほとんど報告がなかった。新システム移行後は尿や便検体分離菌も含まれるようになり、Enterococcus faecium は年間約15,000株(システム更新前は年間約300株)、Enterococcus faecalis は年間約40,000株(システム更新前は年間約700株)の薬剤感受性結果が集計・解析をされている。これによると、E. faecium ではVCM耐性株は分離株の1〜2%であり、テイコプラニン(TEIC)耐性E. faecium 、VCMまたはTEIC耐性E. faecalis も0.5%未満ではあるが、それぞれ年に10〜20株程度分離されている。VREについては各地で集団発生が散見されるため、今後もその動向については注意深く監視していく必要があろう。

Streptococcus pneumoniae (肺炎球菌)は、新システム移行後には年間約20,000株(システム更新前は年間500株前後)を対象に薬剤感受性結果が集計・解析をされている。JANISで定義するペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)は、感染症法に準じ、中等度耐性株も含まれる。これらの「ペニシリン非感性株」の割合には変動がみられ、2007年6月以前の旧システムでは5割前後であったのが、新システムになってからは6割を超えるようになっており、新システム移行後に、血液・髄液検体だけでなく呼吸器系検体などのデータが含まれたことによる影響が考えられた。レボフロキサシン(LVFX)耐性株は年に数%分離されているが、VCM耐性肺炎球菌の報告はない。

グラム陰性菌:大腸菌は、システム更新前が年間 2,000株前後、更新後は年間70,000〜80,000株の薬剤感受性結果が集計・解析されている。

大腸菌における2001年の第三世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフォタキシム(CTX)耐性率は0.6%であったが、2006年には3.8%に上昇し、新システムに移行後もその上昇傾向は継続しており、2009年には10%にまで達している。しかし、同じ第三世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフタジジム(CAZ)耐性については、2001〜2009年に至るまで変動はあるもののおおむね3%程度を推移しており、増加傾向は見られず、両者の乖離が顕著である。また、大腸菌のLVFX耐性率も、2001年の8%から2009年の27%まで大きく上昇している。

大腸菌に関しては、2000年代前半頃より世界各地でCTX-M-型ESBL産生大腸菌の流行に伴う多剤耐性化が問題となっている1)。前述のようにJANISデータにおいても同様の傾向がみられており、第三世代セファロスポリンやフルオロキノロンが腸管外大腸菌感染症における重要な抗菌薬であることから今後の動向を注視する必要がある。

Klebsiella pneumoniae (肺炎桿菌)については、システム更新前が年間900株前後、更新後は年間約40,000株の薬剤感受性結果が集計・解析されている。CTX、CAZの耐性率は2001年がそれぞれ1.6%、1.1%であったのに対し、2009年は4%、3%、LVFXについても2001年が0.8%に対して2009年は2%であり、いずれも若干上昇傾向が見られるが大腸菌ほど顕著ではない。

2010年8月に、インド、パキスタンおよび英国におけるNDM-1型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の蔓延について報告2) があった。日本国内でも検出されたものの、新システム移行後、イミペネム(IPM)非感性の大腸菌あるいは肺炎桿菌は年に150件程度と0.5%未満の分離であり、かつ、増加傾向はみられない。2001年以降、Serratia marcescens のIPM耐性率に変動はあるものの数%以下であり、これは、多くがIMP型メタロ-β-ラクタマーゼ産生株によるものと思われる。

一方、緑膿菌のIPM耐性率は20%前後と高く、メロペネム(MEPM)耐性率も20%程度に達している。しかし、カルバペネム、フルオロキノロン、アミノ配糖体(アミカシン)の3系統の抗菌薬に耐性を獲得した、多剤耐性緑膿菌(MDRP)の緑膿菌に占める割合は3%弱であり、この数年間は、増加傾向はみられていない。

アシネトバクター属における多剤耐性率は0.5%未満に収まっているが、国内で特定機能病院などにおける院内感染事例が複数報告されており(IASR 31: 192-193, 2010参照)、引き続き今後の動向を監視する必要があろう。

2.全入院患者部門
2007年のシステム更新以前の全入院患者部門の参加医療機関は国立病院グループを中心とした約60医療機関で、対象となった総入院患者数はおおむね50万人程度であった。新システム移行後、参加医療機関が大幅に増加し、2009年は全国370医療機関、総入院患者数は約286万人となった。また、システム更新時に対象となる薬剤耐性菌も一部変更しており、検査部門と同様に公開情報の経時的推移の解釈には注意を要する。以下はシステム更新後の公開情報について述べる。

全入院患者部門が対象としている5種類の薬剤耐性菌による感染症のうち、MRSAによるものが9割前後とそのほとんどを占めており、年間15,000例前後の感染症患者の報告があり、入院患者における罹患率は0.6%前後である。次いで多いPRSP感染症は年間2,000例前後の感染症患者の報告があり、罹患率は0.1%弱である。年間約200例の報告があるMDRPの感染症罹患率はさらに低く0.01%以下であるが、MDRP感染症については季節性の変動がみられ、第3期(7〜9月)において罹患率がわずかに高い。VREによる感染症患者は、2008年は5例、2009年は4例と、年に数例の報告にとどまっている。

薬剤耐性菌感染症患者の年齢分布を見ると、70代が約3割を占め最も多いが、PRSP感染症のみ10代に最も多くほぼ半数を占める。性別では、5種類すべての薬剤耐性菌において男性が多く、感染症患者の6〜7割を占めていた。診療科の内訳は内科系、外科系と半々程度であるが、PRSP感染症については小児科系と内科系が半々程度となる。感染症の診断のもととなった検体の内訳をみると、全体では呼吸器系検体が半数程度を占めるが、PRSP感染症では9割程度が呼吸器検体となる。MDRP感染症については、四半期報により変動はみられるものの、年報では尿検体が優位となる。報告された感染症名は前述の検体内訳を反映しており、PRSPは肺炎が最も多く、MDRPについては尿路感染症がより多くみられる。

薬剤耐性菌の院内感染対策には、感染症発症患者のみならず、保菌患者に関する情報も必要となる。JANISでは全入院患者部門で5種類の薬剤耐性菌による感染症患者の情報を得ることができ、検査部門においてはさらに保菌患者も含めた情報を得ることができる。各参加医療機関が両部門のサーベイランスを連携して行うことにより、さらに有用な情報が得られると考えられる。

 参考文献
1) Pitout JD & Laupland KB, Lancet Infect Dis 8: 159-166, 2008
2) Kumarasamy, et al ., Lancet Infect Dis 10: 597-602, 2010

国立感染症研究所細菌第二部(JANIS事務局)
筒井敦子 鈴木里和 山根一和 山岸拓也 荒川宜親

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