このようなことから、欧米諸国では1970年頃から国内の院内感染の平均的指標となるべきデ−タを確保し、各医療機関における院内感染対策を支援するために「ナショナルサーベイランス」が実施されており、わが国においても院内感染を様々な角度から監視していくことを目的に2000(平成12)年7月より「厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)」事業が開始された。
目 的
本事業のうち検査部門サーベイランスは参加医療機関から分離菌の検出状況と薬剤感受性に関わるデータの提供を受け、集計・解析し、特定の菌種や耐性菌の蔓延・出現を早期に発見したり、あるいは標準、基準となるデ−タを提供することで、各医療機関において実施されている院内感染対策の支援を目的としている。近年、多剤耐性緑膿菌(MDRP)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などの耐性菌による院内感染症が増加し、大きな医療問題となっている。このような耐性菌による感染症は患者の予後や治療成績を悪化させるだけでなく、病棟間、病院間をまたいで拡大・蔓延していくことが懸念されており、検査部門サーベイランスによるその動向の監視は院内感染対策上必要不可欠なものとなっている。
デ−タの収集
本事業におけるデータの収集については、各医療機関の検査部間で、(1)保存しているあるいは収集できる情報に差がみられる、(2)データの保存形式が異なる、さらには(3)サーベイランスを行うことで新たな労力負担が発生する、という問題点の克服が必須であった。(1)については、提出用の共通フォーマットを作成し、情報として最小限必要なものを必須項目とし、それ以外の項目については各医療機関から収集できるものについてのみ収集することにした。(2)と(3)については各医療機関の検査部で自施設のデータを共通フォーマットに変換して提出でき、しかも労力負担ができるだけかからないように各医療機関のデータを共通フォーマットに自動変換できるコンバート用システムを自動機器メーカーの協力のもとに各医療機関で作成した。
コンバート用システムの導入が困難な医療機関には手入力で共通フォーマットに変換できる「入力支援ソフト」を厚生労働省が支給したが、現在ではコンバート用システム導入施設が大半を占めるようになってきている(図1)。
集計・解析結果の還元
各医療機関から収集したデータは重複したデータを一定のルールのもとで削除してから、月報、3カ月ごとの四半期報、年報として集計する。事業参加医療機関には、それぞれ当該医療機関全体の集計・解析結果を還元するとともに、事業参加医療機関全体の集計・還元結果は公開情報として国立感染症研究所のホームページを介して一般の医療機関にも提供している(http://www.nih-janis.jp/report/kensa.html)。
システムの改訂
事業の継続とともに集計・解析結果の還元について、(1)還元が遅い、(2)情報が多すぎて十分活用できない、(3)自施設の過去の解析結果や事業参加全医療機関の平均値・中央値と比較できない、といった問題点が明らかとなってきた。
2007(平成19)年7月の改訂では、(1)月報に限っては48時間以内に還元する、(2)還元内容は主要菌、主要耐性菌についての情報を中心としたコンパクトなものにする、(3)箱ひげ図を用いて自施設の過去の解析結果や事業参加全医療機関の平均値・中央値と比較できるようにする(図2)、が実施された。主要菌は高率に分離される菌とし、主要耐性菌は感染症法で5類に属する菌と米国National Healthcare Safety Network(旧National Nosocominal Infections Surveillance)で報告されている耐性菌とした。また、検査部門サーベイランスの対象となる検体は起炎性の高い血液、髄液のみであったが、平成19年7月の改訂では、主要菌や主要耐性菌の検出状況などを包括的に収集・解析する目的ですべての検体が対象となった2) 。
おわりに
院内感染対策を効果的に実施するためには経時的な観察によるepidemicな感染の確認と、集団の平均値・中央値との比較によるsporadic、endemicな感染の確認が必要となる。本サーベイランスは平成12年7月に開始されたが、平成19年7月の改訂によってこれらの要件を満足させた集計・解析結果が還元できるようになった。各医療機関は本サーベイランスの集計・解析結果を参考にすることで、それぞれの施設に最も適した院内感染対策を実施することが可能になると思われる。
参考文献
1) Stamm WE, et al ., Am J Med 70: 393-397, 1981
2)古谷信彦, Medical Technology 35: 463-468, 2007
文京学院大学保健医療技術学部臨床検査学科教授 古谷信彦