「antibiogram の自動分類と二次元キャリアマップ(2DCM)」による院内感染対策
(Vol. 32 p. 9-10: 2011年1月号)

菌の院内拡散は外因性院内感染症の最初のステップである。抗菌薬が多用されている医療施設内では、耐性菌の選択が起こるため、同時に、耐性菌、特に多剤耐性菌、高度耐性菌拡散の原因となる。さらに、衛生状態の反映でもあり、アウトブレイクの前兆となることもある。菌の院内拡散を早期に検出し、介入することによって院内感染症抑止、耐性菌拡散抑止に効果が期待できる。

特定菌の分離数が増加した場合、外部(市中)からの持ち込みと施設内での拡散の二つの原因が考えられる。市中にほとんど無い菌が院内で複数出現した場合は、それだけで院内拡散を疑うことができる。一方、市中にもある程度見られる菌が増加した場合は、持ち込みか拡散かを見極める必要がある。

細菌は、比較的短い期間(例えば数カ月)では遺伝的に安定であり、一人の患者から別の患者に菌の拡散が起きた場合、同じ遺伝情報を持った菌が広がると考えて良い。一方、長期間(年単位)では、遺伝子伝達、組み換え、変異などによって遺伝子を変化させる。このため、市中には、同じ菌種でも様々な遺伝子をもつ菌が存在する。そこで、市中に特定の菌株が蔓延していない限り、施設外から持ち込まれた菌は様々な遺伝子を持つ。

このため菌株の遺伝子の異同を調べれば菌の院内拡散の有無が明らかになる。もっとも精度の高い方法は遺伝子の全塩基配列を決定することであるが、現状では現実的ではない。現在のゴールドスタンダードはパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)であり、多様性を示す複数の遺伝子(配列)をPCRで増幅する方法、部分的な塩基配列決定による方法が並行して用いられている。これら分子疫学的方法は、1検体当たりのコストが人件費を含めると数千円以上であり、直接は診療報酬の対象とならないために、実施できる施設、検体数に限りがある。

分子疫学的方法が利用可能になる前は、薬剤耐性(感受性)パターン(アンチバイオグラム、antibiogram)、ファージ型、代謝パターンなどの表現型(形質)による分類が疫学的調査に用いられていた。アンチバイオグラム以外は、日常の細菌検査以外の作業となるため、分子疫学的方法の出現で用いられることが少なくなった。アンチバイオグラムは、保険診療で行われる細菌検査の結果を利用でき、ある程度の分解能を示すため、スクリーニング的な価値があるとされているが、分類作業が煩雑、多く問題となるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)ではβ-ラクタム剤の感受性がすべて耐性(R)として報告されるため分解能が低いなどの問題があり、十分に普及していない。

Clinical and Laboratory Standards InstituteによるSIRの判定において、S(感性)とI(中間)、IとR(耐性)のMICの違いは2倍であって、誤差範囲である。したがって、Iと結果が出たものは、Sであるかも知れないしRであるかも知れない。Iを独立したカテゴリーとして扱うこと、IとRを一つにして「S以外」として扱うことは誤った結論を導く。一方、Iを検査未実施薬に対する値とともに不定値として分類を進めると、一つの菌が複数のグループに属する場合が多くあり、分類は非常に複雑になる。2DCMは、この分類を自動化しさらに、菌株を患者ごとに区別し、時間経過を横軸に、病棟または診療科を縦軸にして「菌の院内拡散を見える化」するツールである(図1)。

2DCMでは、一つでもSとRの違いがある菌株は別の菌株としている。SとRの違いがない限り、別の株とはいえないが、S同士、R同士の一致が全く無かったり少ない場合は、同じ株と決める根拠が弱い。そこで、その根拠となるS同士、R同士の一致の数を「しきい値」として指定できるようにした。同じ株である根拠を強く求める場合は「しきい値」に大きな値を指定し、別の株とはいえない可能性を強く求める場合は、「しきい値」を0あるいは小さな値に設定する(注1)。

2DCMの解析は分子疫学的方法に較べ分解能が低いため、2DCMで同一グループに分類された菌株が分子疫学的方法で別の株と判定される場合が出てくる。あるいは、現在、2DCMでは主に病院内の菌株を解析しているため、感受性の良く保たれた市中流通株が複数院内に持ち込まれた場合も、それらが一つのグループに分類される場合があるなどの問題がある。それらを理解し、市中流通株の耐性パターン、患者動線などを考慮することで感染対策現場において初動を起こすために十分な根拠が得られると考える。

2011(平成23)年度よりweb アプリケーション化した2DCM-web(注2)が厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)検査部門参加機関に無料で提供される。全国の医療施設において院内感染の認知、感染対策の高精度化が進むことを期待する。

(注1)検体、診療科、指示者によって感受性検査に用いる薬剤の組み合わせ(薬剤セット)が大きく異なる場合、「しきい値」を大きくすると、同じ薬剤セットで検査した株が同じグループに分類されやすくなるので注意が必要である。なお、2DCMの「しきい値」、最大一致薬剤数では、対象となるすべての菌株に対して同じ耐性のパターンを示す薬剤はまとめて一つと数えている。

(注2)2DCM-web試用の案内(https://www.nih-janis.jp/2dcm/2dcmwebinfo.html):2DCM-webではMICを報告している施設に対しMRSAのSIR再判定をメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)に準じて行い分解能を向上させている。

東海大学医学部基礎医学系生体防御学 藤本修平

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