JANIS全入院患者部門
(Vol. 32 p. 10-12: 2011年1月号)

厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)全入院患者部門について
全入院患者部門は、感染症法に規定されている5種類の薬剤耐性菌(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSA、ペニシリン耐性肺炎球菌:PRSP、バンコマイシン耐性腸球菌:VRE、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌:VRSA、多剤耐性緑膿菌:MDRP)により感染症を発症した患者を対象とし、サーベイランスを実施している。還元情報月報として各薬剤耐性菌による感染率、罹患率、各施設における感染症患者数の推移、全国データとの比較、感染症診断名別および感染症発症患者数月別推移等について公開している。

国立病院グループの活動背景
薬剤耐性菌の増加に伴い、感染対策として全国的なサーベイランスシステムの構築が必要とされ、1998年に厚生科学研究「薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究(班長:荒川宜親)」が開始された。その中で、パイロット研究として、分担研究者の一人である当時の国立熊本病院院長宮崎久義(現名誉院長)を中心に、国立病院の7施設で全入院患者を対象とする薬剤耐性菌による感染症サーベイランスが開始された。この研究成果をモデルに、現在のJANISによる全入院患者部門のサーベイランスシステムが構築された。この国立病院の研究班は現在も継続しており、国立病院機構54施設でサーベイランスを実施し、各施設からのデータをJANISへ登録するとともに、サーベイランスで明らかとなった問題解決のための研究を進めている。

国立病院グループの現状
国立病院グループにおける全入院患者部門データの年間集計(2009年1月〜12月)と、JANISのデータを比較した結果を示す(表1)。国立病院グループの年間総入院患者数 559,235人のうち、前記5種の薬剤耐性菌による感染症患者は、2,584人であった。そのうちMRSAによる感染症が93.9%と最も多く、MDRPが1.5%、PRSPが4.4%、VREは0.04%およびメタロ- β- ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌が0.12%であり注) 、PRSPを除きJANISとほぼ同率の感染が報告されていた。PRSPによる感染患者の報告数がJANISより少なかったのは、国立病院グループの施設で小児疾患の治療施設が少なかったためと考えられる。これらの報告結果は、毎月各施設にフィードバックを行い、VREについては速やかに当該施設に依頼して、さらなる検査・対策を行っている。

注)JANISでは、メタロ-β-ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌のデータ収集は2007年以降行っていないが、国立病院グループでは現在も収集を継続している。

全入院患者部門サーベイランスの活用
全入院患者部門における薬剤耐性菌による感染症サーベイランスの還元情報より、「自施設と他施設の比較」ができ、自施設の感染状況の評価や、感染対策への取り組み方などの再検討が可能となる。これを継続的に繰り返すことにより、サーベイランス参加施設の感染率の軽減が行える。また、自施設の経時的な薬剤耐性菌感染症発生数を把握することで、アウトブレイクの早期発見にも寄与できる。すなわち、薬剤耐性菌感染症患者の多寡は、その施設の感染対策を総合的に反映する一つの指標といえる。

また、国立病院グループでは、集積されたデータを活用した臨床研究も行っている。本年度は、調査対象の感染症の中で最も高い割合を占めていたMRSA感染症について、診断名を独立変数とし、転帰(回復)を従属変数とした多変量ロジスティック回帰分析を行った(表2)。MRSAによる感染症では、75歳以上の高齢者、膀胱カテーテル、中心静脈栄養および気管内挿管が、有意に転帰を悪化させる要因であることが明らかとなった。疾患要因として「肺炎」は有意に転帰を悪化させると考えられた。皮膚・軟部組織感染症および手術部位感染症では有意差は認められたが、転帰を悪化させる因子ではないと考えられた。

今後の展望
各施設の薬剤耐性菌による感染症発症の状況を数値化して客観的に評価検討を重ね、感染対策の改善に取り組むことは今後さらに重要となる。サーベイランスに参加し、他施設との比較を行うことにより当該医療施設の医療水準の向上が図れ、医療経済の立場からの改善にも有益となる。今後も、サーベイランスを継続実施していく中で、JANISに集積されたデータを活用し、多角的な検討を行っていきたい。

 参考文献
1)東島彰人, 他, INFECTION CONTROL 10: 1056-1064, 2004
2)河野文夫, 日本医療マネジメント学会雑誌 7(Suppl): 103, 2006
3)西野 隆, 他, 環境感染誌 24(Suppl): 227, 2009
4)清 哲朗, 三浦公嗣, 環境感染誌 24(Suppl): 173, 2009
5)山根一和, 他, 日本外科感染症学会雑誌 7: 23-28, 2010

国立病院機構熊本医療センター 河野文夫 平木洋一 宮崎久義(名誉院長)

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