2007年、JANIS ICU部門は約5年間の実績を積んできたが、上記の成果と課題を踏まえたうえで、大幅な更新を行った。この更新の一番の目的として、より多くの参加施設を募り、できれば日本の全ICUの半数以上が参加することとした。そのために提出するデータの大幅な簡略化を行い、データ提出を行う医師や看護師の負担を軽くした。今回の提出データの必須項目としては、熱傷を除く全入室患者の患者識別番号、入室日時、退室日と、主な3種類の感染症(人工呼吸器関連肺炎、カテーテル関連血流感染症および尿路感染症)発症患者とその感染症の発症日、感染症の原因菌、薬剤感受性試験結果のみとした。手術の有無やICU入室時の重症度評価(APACHE II)、デバイス日(人工呼吸器装着、中心静脈カテーテル挿入や尿道カテーテル挿入の日数)、生命予後などは必須項目からはずした。また、自施設の全国における位置付けが直感的に把握できるよう全参加医療機関の中央値やデータの分布を箱ひげ図で表示し、その中に各施設の成績をプロットした図(本号5ページ図2参照)を還元情報とした。これにより、2010年8月現在のICU部門では136施設の参加を認めており、少しずつ全国サーベイランスと呼ぶにふさわしい参加医療機関数を備えた形に近づいてきている。
JANIS ICU部門に参加する利点
現在のJANIS ICU部門は、人工呼吸器関連肺炎・カテーテル関連血流感染症・尿路感染症の発生率を把握し、感染症の種類と原因菌ごとに簡単に分類し、それぞれの発生率を算出しており、病院内における医療関連感染症の予防に重きをおいたサーベイランスと捉えることができる。この全国サーベイランスに参加する最大の利点としては、全国のデータと自施設のデータの比較が可能なことである。JANIS ICU部門では自施設の全国における位置付けが直感的に把握できるような還元情報を提供している(図1&図2)。他施設と比較して感染率が高いことが必ずしも感染対策の不備を示すわけではないが、「なぜ高いのか?」、その理由を検討することは病院の感染対策の質向上に寄与する。また、ICU部門と他の検査部門や全入院患者部門などの複数の部門を組み合わせることにより、多角的に自施設の病院感染の状況を把握できる。このほかにも、参加医療機関は、判定基準やデータの収集、還元情報の解釈といったサーベイランスに関する質問への回答や、さらに必要に応じて感染対策に関するより専門的な支援など、さまざまなサポートをJANIS事務局や運営委員会から受けることが可能である。
JANIS ICU部門の問題点
初期のJANIS ICU部門の問題点であった感染率の施設間格差はそのまま残っている。これに対しては、参加施設間で相互訪問(サイトビジット)を行い、施設間格差の縮小とICU内の院内感染率の低下に努める予定である。サイトビジットはICUで運営や感染対策を実際に行っている者が他のICUを視察しあうことで、お互いのICUの向上につながる重要な試みと考えている。
また、現在のJANIS ICU部門は、データ提出を行う医師や看護師の負担を大幅に軽くした現在の形にするために、手術の有無やAPACHE II、デバイス日、生命予後などは必須項目からはずし、提出するデータの大幅な簡略化を行ったが、このための問題点も出てきている。米国の院内感染のサーベイランスであるNational Healthcare Safety Network(旧National Nosocominal Infections Surveillance)/CDCではICUを心臓血管外科系ICUや脳外科系ICUなどに細分化しているが、日本のICUはほとんどが内科外科混合のICUで、それが不可能である。このことが感染率の施設間格差につながっている可能性がある。何らかの方法でICUを細分するか、ICU入室患者を疾患等で分類を行うことが必要と考える。また、2007年の更新では、デバイス日を必須項目からはずした。これにより、人工呼吸器関連肺炎・カテーテル関連血流感染症・尿路感染症の発生率をデバイス日で把握することができず、患者日で算出しているが、患者日で算出した感染率とデバイス日で算出した感染率は十分相関しており、問題ないことがこれまでの研究で証明されているからである。今回の更新後、種々の機能のICUが参加し、様々な種類の患者のデータが集積されることが予想されており、データの精度管理に今後も十分な注意が必要である。
一方、初期から現在までのJANIS ICU部門の問題点として、このサーベイランスにICUでの抗菌薬使用量についてのサーベイランスがないことが指摘されている。しかし、このサーベイランスに抗菌薬使用量を加えることはデータを提出するものの負担を考えると不可能と考える。ただ、JANIS ICU部門も抗菌薬のサーベイランスは重要であると考えており、今後、包括評価制度(DPC)と協力することにより、ICUでの抗菌薬使用量のサーベイランスが可能になると考える。
終わりに
2000年に始まったJANIS ICU部門のデータ集積により、わが国で初めての、多施設にわたるデバイス別のリスクで調整した感染率を出すことができた。これを用いて、種々の成果が得られた。2007年に改善され新システムになり、参加施設は増加し、全国サーベイランスと呼ぶにふさわしい形に近づいてきている。今後、より多くの参加施設を募り、感染率の施設間格差の縮小に努め、ICU内の院内感染率の低下に役立つサーベイランスとしたい。
愛媛大学医学部附属病院集中治療部 土手健太郎 矢野雅起 池宗啓蔵
名古屋大学医学部附属病院集中治療部 小野寺睦夫