2001年の千葉県での発生例以来、本邦でもCorynebacterium ulcerans (以下C. ulcerans )のヒトへの感染症例が散見されるようになった。C. ulcerans は、人畜共通感染症を起こす細菌であり、これまでの本邦での報告例ではペットからの感染が疑われるような生活歴を背景に持つ症例が多い。今回我々が経験した症例でも、患者本人の感染の前に、ペットである猫が感冒様症状を呈していた。
症例:51歳女性
既往歴:特記事項無し
家族歴:特記事項無し
生活歴:屋外に自由に出入りする猫を1匹飼育している。
現病歴ならびに治療経過:2010年某日より咽頭痛、嚥下時痛を自覚した。発症2日目に前医を受診した。当初経口抗菌薬により保存的加療を行われたが、改善がみられなかった。発症9日目に前医を再診したところ、上咽頭に偽膜が認められ、即日当科紹介となった。当科初診日に、急性上咽頭炎の診断で緊急入院となった。初診時、上咽頭に厚く付着する白色の偽膜が認められた(写真)。初診医こそ診断に苦慮したものの、我々の診療科の一人がC. ulcerans によるジフテリア症例を経験していたこともあり、入院翌日には同疾患を疑った。初診時に上咽頭偽膜から培養を提出し、ここからグラム陽性桿菌が検出された。菌は細菌学的検査によりジフテリア毒素を産生するC. ulcerans であることが確認された。
治療に際しては、入院当日はABPC-ST 6g/dayを経静脈投与した。しかし、すぐにC. ulcerans 感染症を疑い、入院翌日からEM 1g/dayの経静脈投与に変更した。その後、自覚症状ならびに上咽頭に付着した偽膜の所見は速やかに改善を示したが、EM静注後に気分不快を訴えるようになり、第4病日よりCAM 400mg/dayの経口内服に変更した。第5病日には上咽頭所見はほぼ正常化し、第7病日退院となった。退院後もCAM 400mg/dayの経口投与を1週間継続した。入院後ペットに関する問診を行ったところ、患者本人の発症前に飼い猫が膿性鼻汁を伴う上気道感染を罹患していたことが判明した。後日、飼い主である患者より承諾を得て飼い猫からの菌検査を行ったところ、眼脂からC. ulcerans が検出された。今後、飼い猫の除菌を行う予定である。
細菌学的検査:患者およびネコから分離されたC. ulcerans の毒素原性をPCR法、Elek試験法、培養細胞法で試験した結果、すべての方法でジフテリア毒素の産生能が確認された。
考察:C. ulcerans は1928年にGilbertとStewartによって発見された、人畜共通感染症を起こす細菌である。ヒトにはジフテリア症状をきたすことが海外では比較的よく知られている。海外での感染例は牛、羊等との接触や、非加熱処理の乳製品摂取によるものが多いが、愛玩動物からの感染報告もみられる。今回の症例では、飼い猫の眼脂からC. ulcerans が検出され、この猫が感染源になったと考えられた。厚生労働科学研究班の報告によると、保健所に収容されたイヌや飼いネコの咽頭ぬぐい液の検査でC. ulcerans の分離、もしくはジフテリア毒素遺伝子の検出を確認しており、大分県では9.8%(92例中9例)、愛媛県では5.0%(101例中5例)が報告されている。今回は、茨城県南部にある土浦協同病院でも本菌が検出されるに至った。これらの事実から、C. ulcerans はその南限、北限は不明としても、日本全土に広く存在しているものと考えられる。
本邦におけるC. ulcerans のヒト感染例全9例のうち、土浦協同病院耳鼻咽喉科を含めた東京医科歯科大学耳鼻咽喉科の関連施設において、4例が確認されている。我々の関連施設の耳鼻咽喉科医がこの10年に50〜70人程度で推移する一方で、日本耳鼻咽喉科学会に所属する耳鼻咽喉科医はその総数が1万人を超える状況である。このことは潜在的に多数存在すると予想されるこの感染症が、他施設ではその大部分が正確な診断を得ないままあてもなく加療されているという事実に他ならない。本菌のヒト感染例は、その発症部位からも耳鼻咽喉科を早期に受診する可能性が高いと考えられる。すべての耳鼻咽喉科医に対する本疾患の存在と、その臨床の特徴についての啓発が必要である。
総合病院土浦協同病院耳鼻咽喉科 畑中章生 鎌田知子 田崎彰久 本田圭司
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 小宮貴子 高橋元秀