麻疹排除に向けた進捗状況の評価−WHO
  (WHO, WER, 85: 490-495, 2010
(Vol. 32 p. 34-36: 2011年2月号)

2010年までにWHOアメリカ地域は麻疹を排除し、残る5地域のうち4つが2020年あるいはそれ以前に、麻疹排除の目標年を設定している(訳者注:日本が属する西太平洋地域では2012年に設定)。加えて、2010年5月の世界保健総会では、麻疹根絶(eradication )に向けた進捗状況を計る三つの目標が承認された。このたび、WHO各地域担当者、予防接種パートナー、麻疹専門家らが会する一連の会議や電話会議を通じて、麻疹排除の進捗を評価する適切な定義、指標、基準が合意された。

排除を達成するための進捗状況の評価は、下記に述べる基準に見合ったサーベイランスシステムの存在があってこそ成し遂げられるものである。排除目標がある国においては、運用の指標を定期的に計算することによって、自らのサーベイランスシステムの質を評価すべきである。推奨される核となる最低限の指標と基準をセクションAに示した。各国は、セクションBに示されている二つの基本的な指標を用いて、麻疹排除に向けた進捗状況を評価することが可能である。

言葉の定義
1.麻疹根絶(measles eradication)1) :質が高いと判断されるサーベイランス存在下での世界的な麻疹伝播の遮断

2.麻疹排除(measles elimination):質が高いと判断されるサーベイランスが存在するある特定の地域において12カ月以上にわたり麻疹の伝播がないこと

3.麻疹流行(endemic measles transmission):ある特定の地域において、12カ月以上にわたり固有のあるいは輸入例に起源する感染伝播が継続すること

4.麻疹流行の再興(re-establishment of endemictransmission):以前に麻疹が排除されていたある特定の地域において、ある麻疹ウイルス株2) の感染伝播の存在が、12カ月以上にわたり途切れることなく継続していると、疫学的かつ実験室的エビデンスが得られたとき

5.排除目標がある国における麻疹アウトブレイク(measles outbreak in countries with an elimination goal)3) :時間的に関連する(発疹の発現日が7〜21日の間隔で起こっている)2例以上の確定例があり、かつ、それらが疫学的あるいはウイルス学的、またはその両者で関連するとき

6.麻疹疑い症例(a suspected measles case):調査下において、発熱と発疹があり、かつ、咳・鼻水・結膜炎のいずれかを示す、あるいは、臨床医が麻疹感染と疑ったもの

7.麻疹臨床診断例(a clinical measles case):発熱かつ発疹、かつ、咳・鼻水・結膜炎のいずれかを示す症例

8.麻疹検査診断確定例(a laboratory-confirmed measles case):麻疹と臨床診断されたもので、検査診断4) によって確定されたもの

9.疫学的リンクにより確定した麻疹症例(an epidemiologically linked confirmed measles case):臨床診断例のうち、検査診断により確定はされていないものの、検査診断された症例あるいは(アウトブレイク存在下において)疫学的に確定された麻疹症例と地理的かつ時間的(発疹の発症日が7〜21日の間隔で起こっている)に関連する症例

10.麻疹臨床診断に合致する症例(a clinically compatible measles case):麻疹の臨床診断例の症例定義に合致するものの、適切な血液検体が採取されておらず、麻疹IgM陽性あるいは他の感染症と検査診断された症例と疫学的な関連のない症例

11.麻疹除外症例(a discarded measles case):麻疹の臨床診断例の定義に合致し、かつ、調査の結果、(a) 熟練した実験室5) において検査診断を受けた結果、あるいは(b) 検査診断により麻疹ではないと確定されたアウトブレイクとの疫学的リンクの結果、麻疹ではないと判断されたもの

12.ワクチン関連麻疹症例(a vaccine-associated measles case):次の5つの項目すべてに該当する疑い例。(i) 発熱の有無は問わない発疹疾患の患者であるものの、発疹に関連した咳や他の呼吸器症状を呈さなかった、(ii)麻疹ワクチン接種後、7〜14日の間に発疹が出た、(iii)ワクチン接種後8〜56日に採取された血液検体で麻疹IgMが陽性であった、(iv)実地疫学調査で二次症例が観察されなかった、(v) 疫学的・実験室内調査でワクチン以外の原因が見いだせなかった

13.流行中の麻疹症例(an endemic measles case):麻疹が流行している結果、検査診断あるいは疫学的リンクにおいて確定した麻疹症例

14.麻疹輸入例(an imported case of measles):ウイルス学的あるいは疫学的、またはその両者において、発疹出現前7〜21日に当該地域あるいは国の外で曝露を受けたエビデンスがあるもの

15.麻疹輸入例に関連した麻疹症例(a measles case related to importation):ウイルス学的あるいは疫学的、またはその両者において確定された輸入例に起源する一連の感染伝播の一部として局地的に感染を受けて発生する症例

Section A :排除目標がある国におけるサーベイランス運用上の指標と基準
1.報告率
・国レベルで、最低でも年間に人口10万人当たり2例以上の除外例があること。除外例は(a) 熟練した実験室における検査診断、あるいは(b) 他の感染症と検査診断がついているものとの疫学的リンク、により麻疹ではないと調査・診断されなければならない。

・加えて、80%以上の国に準ずる行政単位から、毎年人口10万人当たり2例以上の除外例が報告されるべきである。

2.検査診断による確定
・適切な検体6) が疑い例の80%以上から採取され、かつ、熟練した実験室で検査されること。検査診断がなされていないいずれの臨床診断例、および(a) 疫学的リンクによる確定例、あるいは(b) 他の感染症と検査診断されたものとの疫学的リンク、あるいは、麻疹IgM陰性のものとの疫学的リンクにより麻疹ではないと除外されたもの、については疑い例の分母より除外すること。

3.ウイルスの検出
・検査診断により確認されたアウトブレイクの80%以上でウイルス検出に適切な検体7) が提出され、かつ熟練した実験室でウイルスが検出されるべき。分母は検出されたアウトブレイクの数、分子はウイルス検出に適切な検体を提出したアウトブレイクの数とする。

4.適切な調査
・最低でもすべての疑い例のうち80%以上に対して、報告の48時間以内に適切な調査がなされること。分母は全疑い例、分子は報告48時間以内に適切な調査8) がなされた疑い例の数とする。

・国はすべての疑い例とアウトブレイクに対して、適切な調査を実施すべきである(「80%以上」はあくまでも最低限の数値である)。接触者調査、積極的症例探査もまた適切な調査の要因として重要である。

Section B :麻疹排除に向けた進捗状況を評価するときの指標
麻疹排除に向けた進捗状況を評価するのに最適な因子が、国民の抗体保有状況と、確定例の発生状況である。国民の抗体保有状況を間接的に評価したものが予防接種率である。麻疹の発生状況は、Section Aで示した指標に合致する質の高いサーベイランスが存在してこそ、信頼できるものである。

すべてのアウトブレイクの規模、持続期間と感染源は、調査によって決定づけられる。排除に向かう国においては、アウトブレイクの規模、持続期間は縮小し、症例の大半が輸入例か輸入例に関連した症例になるべきである。

以下の二つがWHOによってモニタリングされ、排除が達成されたと考えられるときに指標となるものである。個々のサーベイランスの指標、あるいは、予防接種率や発生率は、排除が達成されたことを意味するものではないが、サーベイランスの質におけるすべての情報と排除への進捗状況を評価する指標は再度吟味される必要があり、考えうるすべてのエビデンスに基づき判断がなされている。麻疹排除の確定は、国および地域の麻疹排除委員会でなされる。

1.予防接種率
・基準:定期接種、あるいは適切な年齢群に対するキャンペーンのどちらかにおける、1回目と2回目の接種に対する接種率

・目標:1回目、2回目両者において、すべての行政区分(districts or administrative equivalent)および国においてそれぞれ95%以上

2.発生率
・基準:麻疹排除を目標としている国であれば、臨床診断に合致する症例および輸入例は除き、自国内での感染伝播に基づく人口100万人当たりの確定例(検査診断の確定あるいは疫学的リンクの確定)のみで評価する

・目標:上記条件で、人口100万人当たり1例未満の確定例(検査診断の確定あるいは疫学的リンクの確定)

注)これは、排除状態に近いことを示すもので、排除の定義、あるいは、達成していることを確認するものではない。


脚注
1)地域および国における“eradication”という語句の使用には、2010年8月にドイツのフランクフルトで開催された“Global Health in the 21st Century”における“the Ernst Strungmann Forum on Disease Eradication”の参加者から提案された
2)N遺伝子のシークエンスにより、少なくとも99.7%の相同性(1塩基差)をもつウイルス株
3)この定義は国あるいは地域によって異なる
4)Manual for the laboratory diagnosis of measles and rubella virus infection, 2nd ed.Geneva, World Health Organization, 2007 (WHO/IVB/07.01)参照のこと(http://whqlibdoc.who.int/hq/2007/WHO_IVB_07.01_eng.pdf)
5)熟練した実験室とは、有効な手法を用い、毎年のWHO習熟度テストに合格した、あるいは国家標準に準拠し、適切な外部機関における評価に成功裏に参画するWHOネットワークの実験室を指す
6)血清診断における適切な検体とは、発疹出現後28日以内に採取された0.5ml以上の血清、ろ紙に吸収した3つ以上の乾燥血液、あるいは口腔内液(唾液)
7)アウトブレイクにおけるウイルス検出に適切な検体は、可能であれば、アウトブレイク早期にそれぞれ5〜10検体、継続するなら2〜3カ月おきに採取すること。ウイルス分離には、発疹出現後5日以内の咽頭ぬぐい液あるいは尿、遺伝子検出には、咽頭ぬぐい液は発疹出現後14日以内、口腔内液は発疹出現後21日以内に採取のこと
8)適切な調査とは、それぞれの麻疹疑い例から、次のすべてのデータを得ることを最低限とする:名前か識別子、居住地、感染した場所(最低限でも市町村レベル)、年齢(あるいは生年月日)、性別、発疹出現日、検体採取日、予防接種歴、最終予防接種の年月日、報告日と調査日(疫学的リンクによる確定例、あるいは、他の感染症と検査診断された症例との疫学的リンク、あるいは麻疹IgM陰性の者との疫学的リンクで除外されたものは除く)と渡航歴

翻訳担当
国立感染症研究所感染症情報センター 山本久美 多田有希

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