ロタウイルスの遺伝子型
  −最近の世界的な動向について−
(Vol. 32 p. 64-66: 2011年3月号)

ロタウイルス(A群)は、中和抗原を包含する2種の外殻蛋白VP7およびVP4の遺伝子配列により、それぞれG型、P型に分類される。ともに遺伝子配列の一致率が80%未満の場合、異なる遺伝子型と定義される。G、P遺伝子型別は、当初VP7、VP4に基づく血清型に対応する型別法として考案された経緯があり、これら外殻蛋白の抗原性の違いを概ね反映していると考えることができる。動物に分布するロタウイルスも含めると、現在までに25のG型、33のP型が報告されており、それらの組み合わせによる多数の遺伝子型が存在する。ヒトロタウイルスでは少なくとも11のG型、13のP型が検出されているが、世界中で検出されるロタウイルス野外株の大部分は主要な5種類の遺伝子型(G1P[8]、G2P[4]、G3P[8]、G4P[8]、G9P[8])で占められる。G9、G12は1990年代後半以降、世界的に分布が拡大した新興型であり、地域・年によっては主流行株となったこともある。P[6]型ロタウイルスは様々なG型を伴って広く分布しているが、その検出は比較的稀である。

ロタウイルス主流行株のG型、P型は国・地域により異なり、また年により変化することが知られる。ロタウイルスワクチンが多くの国で導入されつつある中、ロタウイルスの遺伝子型を世界的レベルで把握することは益々重要となっている。ロタウイルスワクチンの普及と相まって、ロタウイルスの遺伝子型に関しては世界各国・地域でサーベイランスが行われ、情報が蓄積されつつある。こうしたサーベイランスは各国の保健担当部局や研究機関のほか、アジア、アフリカ、東地中海地域、ラテンアメリカ・カリブ海地域においてはWHOの各地域事務所および米国CDCが支援するサーベイランスネットワークを通じて行われている。欧州では独自の実験室ネットワーク(EuroRotaNet)により実施されている。以下、世界各国・地域におけるロタウイルスG型、P型の最近の動向(2000年以降、おもに2005〜2009年)について概説する1-4) 。

東アジアでは中国を中心にG3P[8]の優勢が見られ、日本や韓国、台湾などG1が主体のところにおいてもG3の検出率はG1に次ぎ、相対的な割合は高くなっている。中国ではG3は2000年に入ってから増加しており、2005年以降は北西部(新疆ウイグル自治区)やモンゴルでもG3の優勢が報告されている。東南アジアではベトナム、フィリピンでG3の検出率が高いが、その他の国では概してG1が優勢である。インドネシアではG1に次いでG9が多く、またP[6]が高率に検出され、G1P[6]、G9P[6]等が多く見られている。オーストラリアではG1P[8]が基本的に優位であるが、地域や時期によりG2P[4]、G3P[8]、G9P[8]が主体となったことが報告されている。

インド、バングラデシュでは2005〜2007年、G2P[4]がG1を凌いで最多となり、G9の頻度はG1に次いでいる。ネパールでは2005年以前はG1、G2が主体であったが、2005〜2007年に新興型G12(特にG12P[6])が優勢となったことが注目される。

中央アジア、ロシアでは概ねG1が主体であるが、G4の頻度が高いところ(ロシア・モスクワ、イラン)も認められている。ヨーロッパでも同様にG1P[8]が優勢であり、G9がそれに次いでいる国が多い。G4が最多になることは稀であるが、G4ロタウイルスは低頻度ながら多くの国で検出されている。G2の優位は一部の国(ベルギー、ポルトガル)で報告されている。

アフリカではG1P[8]が概して主体であるものの、その割合は相対的に低く、多様な遺伝子型が混在するのが特徴である。特にG8の頻度は比較的高く、他の主要なG型(G1、G2等)に匹敵する高い検出頻度が報告されることがある。またP[6]がP[8]に次いで多く、G型、P型の組み合わせも多様なものが見られる。異なる型のロタウイルスの混合感染も多い。G8以外にG10、G5もヒトから検出されているが、これらは本来ウシやブタに多い型である。アフリカでは動物からヒトへの感染が高頻度に起きており、さらに混合感染により遺伝子再集合体(リアソータント)が形成され、多様な遺伝子型のウイルスが生み出されているものと推測される。

米国では2007年まではG1が6〜9割を占め、G2またはG9がそれに次いでいたが、2007〜2008年にはG3が優位となった。ラテンアメリカ、カリブ海地域でもG1が主体であるが、近年G2の一時的な増加(ブラジル2006〜2008年;アルゼンチン2004、2007年)や、時折G9の優勢が認められている。またG12 や動物に多いG5、G6、G8も検出されている。

1価ロタウイルスワクチン(G1P[8])の導入後、ブラジル、オーストラリアの一部(3州)で、G2ロタウイルスの一時的な増加が報告された。また米国では5価ワクチンの使用が開始されてからG3P[8]の増加が認められている。ただしそれら主要遺伝子型の変化とワクチン使用との関連は明らかではなく、自然に見られる遺伝子型の変化がワクチン導入時期に一致したにすぎないと考えられているが、ワクチンによる野外株の遺伝子型分布への影響を知るためには今後さらなる長期的な観察が必要である。

以上述べたG、P遺伝子型の型別に加え、分子疫学的解析法として、VP7、VP4遺伝子の系統解析が盛んに行われている。これによりグローバルなロタウイルス伝播の様態や地域流行株の由来を推測することができる。また野外流行株とワクチン株との間でVP7またはVP4遺伝子の遺伝学的系統の異同を解析し、既知のウイルスと比較しての抗原変異の有無を知ることができる。これはワクチンの効果を考える上でも重要と考えられる。例えば、最近世界で広く検出されるG2ロタウイルスのVP7は、現在使用されている5価ワクチンや古いG2ロタウイルス株のVP7遺伝子とは異なる系統に属し、VP7中和抗原の領域に2カ所、アミノ酸の違いが認められる5) (図1図2)。このような遺伝学的系統の違い、抗原部位の変異がワクチンの効果に関連するかどうか、今後慎重な検討が望まれる。また、G、P遺伝子型別のためRT-PCRで用いられる型特異的プライマーの特異性が、野外株の遺伝子変異に起因するミスマッチにより低下していないかどうか、経時的にチェックすることも必要であろう。

わが国では全国のロタウイルスの遺伝子型を継続的に調査するシステムが今のところなく、日本のデータは一部の研究・医療機関や地方衛生研究所による断片的なものにとどまっている。現在世界的レベルでロタウイルスの遺伝子型のデータが蓄積される中、わが国でもサーベイランス体制の早急な整備が望まれる。

 参考文献
1) Vaccine 27: Suppl 5, 2009
2) J Infect Dis 200: Suppl 1, 2009
3) J Infect Dis 202: Suppl 1, 2010
4) Pediatr Infect Dis J 30: Suppl, 2011
5) Ghosh, et al ., J Gen Virol, Jan.26, 2011(Epub)

札幌医科大学医学部衛生学講座 小林宣道

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