ロタウイルスの病原性とロタウイルスワクチンの防御効果の基礎的基盤
(Vol. 32 p. 66-67: 2011年3月号)

2種類のロタウイルスワクチンが認可され、世界各国で投与されている。Rotarix® とRotaTeq® である。ともに、弱毒生ワクチンで経口投与される。これらロタウイルスワクチンの弱毒化とロタウイルスの病原性発現の機構、そしてこれらロタウイルスワクチンによる防御効果の機構について眺めてみたい。

1.ロタウイルスの病原性発現機構は?
ロタウイルス感染により、下痢、嘔吐を主とする胃腸炎が起こる。下痢の発症のメカニズムとして、1)小腸絨毛上皮細胞の破壊による吸収不良、2)血管作用因子の放出による腸管神経系の活性化と絨毛の虚血、3)細胞外のエンテロトキシンNSP4(nonstructural protein 4)のカルシウム依存的な細胞の透過性の増大があげられている。特にNSP4の作用については、ロタウイルス感染で破壊された細胞に放出されたNSP4が細胞膜上のホスホリパーゼC-イノシトール三リン酸経路を活性化し、Ca2+の貯蔵庫である小胞体からのCa2+の放出を促し、細胞膜のCa2+依存性Cl-チャンネルを開き、Cl-の分泌を亢進することで、下痢が誘起されると理解されている。このNSP4の病原性との関わりについては、マウスで明快に示されるが、ヒト−ヒトロタウイルスの系にそのまま反映できるわけではない。ロタウイルスの病原性は、NSP4以外に、ロタウイルス増殖効率に与える因子が関係していることが考えられる。下痢の発症には、ロタウイルスが小腸の上皮細胞で効率よく増殖することが、病原性発現の必要条件となる。

VP4、VP7は外層タンパク質であり、吸着、侵入に関与する。乳飲みマウスの感染実験系でこれらのタンパク質が病原性に関与することが示された。NSP1(nonstructural protein 1)もIRF-3(interferon regulatory factor 3)を破壊し、自然免疫を阻害することから、病原性に関与することが示唆されている。さらに、リアソータント(遺伝子再集合体)を用いた精力的な実験は説得力のある成績を示している。6日齢の幼ブタに下痢を発症させる強毒株であるブタロタウイルスSB-1A株と非病原性のヒトロタウイルスDS-1株の間で11種の単一遺伝子リアソータントを作成し、下痢誘発能を調べた実験である。その結果、VP3、VP4、VP7、およびNSP4遺伝子のどれか一つの遺伝子がDS-1由来であると病原性を失うこと、逆に、DS-1株にこれら4つの遺伝子をSB-1A由来とすると病原性が回復すること、しかし、そのうち1つでもDS-1株由来とすると病原性がないことが示された。こうして、病原性に関与する遺伝子が宿主、株により異なり、また、単一の遺伝子より、むしろ複数の遺伝子が、宿主側の因子も絡んで、複雑に関与しているらしいことが理解できる。

一方、病原性に関連して、弱毒化のメカニズムもよくわかっていない。ブタでの感染実験で、強毒ブタロタウイルスの弱毒化にNSP4のエンテロトキシン活性領域である131〜140のアミノ酸配列が関与していることが示されている。しかし、Rotarix® の親株である、下痢患児から分離した強毒株89-12株と、この株を培養細胞で頻回継代を続けて得た弱毒株との間でのNSP4のアミノ酸配列の比較では、45番目のアミノ酸がスレオニンからアラニンに置換していたが、他の強毒ウイルス株のNSP4でよくみられるアミノ酸であったことより、このアミノ酸への置換が弱毒に関与しているとはいえない。89-12株のゲノムの全塩基配列はまだ公表されていないが、89-12株の培養細胞での継代ごとの塩基配列変化を網羅的に解析すると、弱毒に関与する領域がかなりわかってくるかも知れない。ワクチン被投与者での便中ロタウイルス量はきわめて少ないことからも、ロタウイルス増殖効率の低下が、弱毒に関わっているとすると、複数の遺伝子の複数の領域が弱毒に関与していることになるであろう。

RotaTeq® においては、VP7遺伝子あるいはVP4遺伝子がヒトロタウイルス由来であるが、それ以外の遺伝子はウシロタウイルス由来である。そこで、本来のヒトロタウイルスと異なり、「種の壁」が働いているゆえ、ヒトでの増殖効率がきわめて悪いのは理解できる。では、なぜ、そして、どのステップで増殖効率が悪いのか?この弱毒の機構も実はよくわからない。

2.ロタウイルスワクチンの作用機序は?
ロタウイルスの自然感染において、重症化するのは初感染時であり、その後の感染ごとに症状は和らいでいく。この現象をもとに開発された2つのロタウイルスワクチンは、ともに、きわめて効率よく、重症の胃腸炎を防御する。しかし、感染防御の機構がすっきりと説明されているわけではない。RotaTeq® では、主としてVP7とVP4に対する血清型特異的な中和抗体の作用を期待したものであり、Rotarix® については、中和抗体以外にも、内部蛋白質の共通抗原に対する免疫応答を期待したものである。Rotarix® が、G1P[8]の単一のワクチン株のみで、多様な血清型のヒトロタウイルスに感染防御能がある根拠を考えてみる。血清型を規定するVP7とVP4には、それぞれに、交叉反応性の中和エピトープの存在が知られている。したがって、ワクチン株の投与により、交叉反応性中和抗体の産生が期待される。実際、VP7上にG1、G3、G4のロタウイルスを共通に中和するVP7に対する交叉性中和エピトープの存在が、また、VP4についてはより多数の交叉反応性中和エピトープの存在が知られている。P8とP6のロタウイルスを、あるいはP8とP4とP6のロタウイルスを共通に中和するマウスのモノクロン抗体が得られている。同様の反応性を有するヒト由来の抗体も得られている。感染例やワクチン投与例でも、こうした交叉反応性抗体の産生が確認されている。

さらに、内部蛋白質である群特異的抗原VP6の役割はかなり高いのではないだろうか。VP6モノクロンIgA抗体を持続的に分泌するように処置されたマウスは、ロタウイルス感染による下痢を免れる。本来中和活性のない抗VP6抗体は、生体内においては、細胞内中和作用があり得るからである。また、発現VP6、あるいはVP2とVP6からなる人工空粒子(VP2/6)を粘膜アジュバントとともにマウスに鼻腔内接種すると、その後強毒ロタウイルスを接種しても下痢発症から免れる。その際、Th1系、Th2系のサイトカインの発現がみられ、CTL反応も誘導される。しかも、こうした感染防御は、血清型特異的ではなく、群に共通に、つまりA群のロタウイルスであれば、血清型に関係なくみられる。こうして、ロタウイルス粒子表面の2つの中和抗原(感染防御抗原)VP7とVP4のみならず、内部抗原(特にVP6)の感染防御に対する関わりは、交叉感染防御の面できわめて重要であるといえる。

藤田保健衛生大学医学部ウイルス・寄生虫学講座 谷口孝喜

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